クロイツェル2 石造りの奇蹟と薔薇のソロール

2 告白コンフェッシオ

「何をする気だ!」
「別に。見てるだけだ」
 腕を絡め取られ、じっと見つめられる。目をそらそうともしない。どきりとする。
「見てるだけって……!」
 リヒトは焦ってもがいた。裸を間近に見られている。顔が火照った。心臓が乱れ打つ。
「こっち見ろ」
 ロゼルはますます距離を狭め、眼を近づける。吐息がかかる。リヒトのまなざしの深奥を直に確かめようとしているかのようだった。
 女の部分を、欲望の眼で見られるでもなく。
 男と女の混じり合った部分を、好奇の目で見られるわけでもなく。
 ただ、リヒトという人間の心の縁に立って、深淵をのぞき込んでいる。
「……強引だな」
 ようやく、それだけを喘ぐように言う。
「見てるだけだ。いちいち反応するな」
 ロゼルは笑いを交えさえしなかった。
「他の女で紛らわせろとか、本気で言ってるのか」
「……当たり前だ。他にどう言えばいい?」
「目をそらすな」
 視線が絡みつく。眼をそらそうとするたびに、すかさずロゼルの瞳が追いかけてくる。頬が紅潮する。
「ロゼル……」
 見つめられ続けていることに堪えきれず、つい、顔をそむけようとする。
 ロゼルはやや強引にリヒトの顎を掴んだ。ねじ曲げるようにして元の向きに戻す。
「動くなと言っただろう。おとなしく見つめられとけ」
「馬鹿。いい加減にしろ、ロゼル……さすがにしつこいぞ……」
 リヒトは声をかすかにうわずらせた。いらだたしさを装って舌打ちする。
 笑ったり、怒ったりしてごまかせるような状態ではない気がした。見つめられれば見つめられるほど、身体の奥がじっとりと熱を帯びた。汗ばんでくる。
「せっかく見つめてやってるんだから、そんな怯えた顔をしないで少しは嬉しそうな顔をしろ」
「この状態で嬉しくなれるわけないだろう……!」
 言葉とは裏腹に、息があがった。呼吸が乱れ、大きく胸が上下する。ロゼルがふと気付いたように目を落とした。くしゃくしゃになったリヒトのワイシャツを指で左右にかき分け、ふっと息で払いのけるようにしてはだけさせる。
「ぁ……!」
 吹きかかった息に、身体がぞくりと反応する。
「そんなに感じやすいんだ?」
「恥知らずなことを言うな……」
 リヒトは身体をよじらせた。
「分かった。貴様が身体だけで良い、というなら俺も、貴様をこうやって見るだけで良いってことにしよう。なんと言っても、見てるだけだからな。恥ずかしくもないだろう。見てるだけだ」
「ロゼル……分かったから」
 リヒトは声を裏返らせ、ちらちらとまとわりつく熱い視線を払いのけようとした。顔から火が出そうだった。
「からかうのは止せ……!」
「よし、やっと赤くなったな。にらめっこは俺の勝ちだ」
 ロゼルはふいに表情を和らげてリヒトの横にごろりと転がった。手を伸ばし、リヒトの身体を引き寄せる。
「ぁ……」
 唇をふさがれる。ロゼルはすぐに唇を放し、キスされて上気しきったリヒトの表情をすばやく確かめた。すぐにもっと長い吐息まじりのキスに捕らえられる。
「ん……」
 優しさに心まで奪われる。あたたかいキスに、唇がとろけそうだった。濡れた吐息が混じる。
「貴様が俺のことをどう思ってるかは聞かん。聞いてもどうせ意地張って本当のことは言わないだろうからな。だが、身体だけの関係と言い切られるのは非常に不本意だ」
「私が女の演技をしているだけだとは思わないのか。身体がどうこうじゃない。見た目だけで判断するな、お前が知らないだけで……私は……ぁ……」
「中身は男のままだと言いたいんだな?」
 ロゼルはリヒトの喉に唇を這わせた。
「そんなの知ったことか。貴様が男だろうが女だろうが、別にどっちでも構わない」
 欲望の指が肌をなぞる。吐息がからみつく。ぞくりと肌が粟立つ。触れられている。
 リヒトは身じろぎした。
「お前は……どっちでもいいのかもしれないが、私は……ちがう……」
「何が違う?」
 欲望を孕み、いっぱいに張りつめきった乳房がロゼルの手の中で揉みしだかれる。傍らに横たわったロゼルの腰が、大腿部に押しつけられた。欲望の形を感じる。リヒトは熱い吐息を漏らした。
「お前に、そう言われるたびに……」
 ロゼルの唇が首筋から鎖骨をたどる。いたずらな甘噛みが肩に食い込んだ。
「ん……」
 甘えた声がじわりと溶け出す。猫のように身体が勝手に反応した。快感がさざ波のように伝わった。
「いいぞ。続けろ。俺は勝手にやる」
「そうやって言われ続ける度に……結局は、自分が、男でも女でもないことを思い知らされるだけなんだ。男としても、友としても、もう、お前とは比べものにならない……肩を並べることもできない……だからと言って、心から女になりきって、お前を愛……愛することも……」
 ぞっとして声を飲み込む。心拍数が跳ね上がった。続きは、おそろしすぎて言葉にならない。
 ロゼルは皮肉に笑って首を横に振った。そっと頬に触れる。
「ああ、そうだろうな。この間まで互いに男同士だと思ってたんだからな。俺だって、それぐらい分かってる。貴様を抱きたいと思うたびに、自分はいったい何やってるんだろう、って思う。我に返るんだ。こいつは男だったはずなのに、ってな。でも」
 ロゼルはゆっくりと視線をリヒトへと落とした。
「いくらムラムラしたって、貴様以外の女を抱く気にはなれない。ヤれる女が欲しいわけじゃない。他の女の代わりに貴様を抱いてる訳じゃないんだ」
「……でも……!」
「って、これだけ言わせておいて、まだ文句があるのか? 俺がいいって言ってるのに何が不満なんだ。貴様じゃなきゃ駄目な理由を、貴様を抱くたびにいちいち面と向かって説明しないといけないのか?」
「お前は良くても私は良くない……」
「俺に向かってさんざん自分勝手だ我が儘だとか抜かしたくせに、自分はもっと我が儘だな」
「だから……何度も言ってるように、私は元々は男なんだから……女みたいに抱かれるのには抵抗があって……」
「ああ? 抵抗? 男のプライドってやつか? ちくしょう、そんなもの、さっさと剥ぎ取って捨ててしまえ。俺はとっくに捨てたぞ。貴様を……無理矢理ヤったときに、確かに責任を感じもしたが……それでも、考えて、考えて、悩んで、自分で答えを出したんだ。”もう悩まない”ってな! それでもまだ駄目なのか? 俺とヤるのがそんなに嫌か」
 敏感に尖った乳首を、ちろり、と舌の先で翻弄される。
「ぁっ……!」
 ロゼルはのけぞるリヒトの腰を抱いた。
「……そんなことは……言ってない……!」
「だったら面倒くさいこと言わず素直に抱かれとけ」
 身体がうねった。執拗に乳首を吸われ、舌でなめずられ、刺激される。快楽の予感が、ざわざわと高まる。
 ロゼルに愛撫されている──そう思っただけで、全身が、汗ばむほどに熱く火照った。小さな声がもれる。
「う……んっ……こんな……身体のどこがいいんだ……」
「くそ、まだそんな寝ぼけたこと言ってやがる。貴様にぜんぜん自覚がないだけだ。セラヴィルに来る途中、俺がどれほど神経をすり減らしたと思ってる? 飢えたゴロツキどもと乗り合わせてるってのに、貴様ひとり、まるで不用心に高いびきしやがって。少しは女らしく恥じらえ。ひっどい寝相で、大股開きしやがって、牛みたいな乳まるだしにしてぐうぐう寝てたんだぞ!」
「えっ」
「えっ、じゃない! こっちは、野獣みたいにハアハア息を荒げてるような奴らと同室におしこまれて、夜通しもんもんさせられるだけさせられてだな……手を出そうにも出せない生殺し状態だったってのに!」
「……そ、それは、その……すまなかった……」
「だからこれからは素直に俺の言うことを聞け。いいな」
「……」
「返事はどうした?」
 ロゼルはからかうように腰を擦りつけながら含み笑った。ぬるぬると擦れ合った部分が濡れて、赤く光って、互いに戯れ合う。
「わ……分かった……」
「じゃあ、質問するぞ。俺としたいか?」
「……!」

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