クロイツェル2 石造りの奇蹟と薔薇のソロール

2 告白コンフェッシオ

「結局、”謎”を解くまでは、貴様を手に入れることもできない、というわけだな」
 ロゼルは低くひとりごちて笑った。
「確かに、最初は父に命令されて貴様を抱いた。それは事実だ。俺が守るべき貞節の誓いなんかより、”貴様の身体を手に入れること”のほうが、父にとってはとりわけ重要だったらしいからな」
 リヒトは、”禁忌の塔”で水割りワインを口にし、酔いつぶれたロゼルの姿を思い出した。肌を這う手に、頭がくらくらとする。
「私を……手に入れるために……」
「ああ」
 ロゼルはなげやりに笑った。
「たぶん薬が入ってた。媚薬ってやつだな」
 感じる部分に触れられて、リヒトは熱い息をついた。身体がぞくっと反応する。
「どういうことだ」
「さあな。貴様が女の身体を持っているかどうかだけじゃなく、もっと確実な……女としての機能を持っているかどうかを身をもって確かめさせる必要があったんじゃないのか。つまり、その、何だ、そういう行為だけじゃなくて……」
「機能って、どういう意味だ」
 ロゼルはごくりと喉を鳴らした。掴んだ部分をこねくりまわす。
「頼むから気を悪くしてくれるな。俺が言いたいのは、あくまでも妊娠できるかどうかってことだけで、それ以外の意味は」
「だから、何を」
「だから、その、政略的に言うならばアルトーニ家の血を引いた子どもをだな、その、要するに……」
「はっきり言え。全然分からん」
「貴様が、俺の子を産めるかどうかってことだよ!」
「うっ!?」
 言葉の突飛さに頭が真っ白になる。
「お、お前の、子……」
「と、と、とにかくだな」
 ロゼルは意味もなく腰に手を回し、狼狽えた風にまさぐった。
「だが、分からないのは、もしそれが目的だったなら、最初から貴様を男として育てる必然性がない。中身が男だろうが女だろうが、女として生きるよう強制すれば良かっただけのこと。言い方は悪いが、亡国の王子が平民の女になっていても誰も気づきはしない。だが、そうしなかったということは、もっと、何か、緊急の、別の理由があって……」
「理由って何だ」
 リヒトはかすれ声で呻いた。
「たとえお前の言うとおりだとしても、私は……本当に、何も知らないまま連れてこられて……」
 ロゼルは暗い表情でリヒトを見つめた。
「ロレイアの王女をさらい、貴様の兄リドウェル王を亡き者にし、今またフラター・カートスを殺し、モルフォスを殺し、俺たちをも狙おうとした……たぶん、その答えはロレイアの禁忌そのものに隠されているんだろう。途絶えた記憶、消された過去、失われた秘密の中に」
 冷然とリヒトを見下ろして続ける。
「あれから冷静にいろいろ考えたんだ。俺が忘れたライフルをあの部屋から持ち出せたのも、禁忌の塔に火を放って証拠を消す必要があったのも、もしかしたら、”あの人”以外にはいないんじゃないか、とね」
 言葉がナイフのように胸へと突き刺さる。
「おそらく、教団の目的が何であるかを知って、俺や貴様を囮につかうことで、奴らに先んじて秘密を──」
「”あの人”って」
 リヒトは唾を飲み込んだ。からからに乾いた喉が、ごくりと上下する。
「誰のことだ……?」
 背後から暗い突風の塊が迫ってくるような気がした。
 振り返っても、四方に見えるのは闇ばかり。
 ざわざわと伝わる風だけがすり抜けて、遮るものは何もなくて。
 なのに、何かが迫ってくる、という焦燥感ばかりが募ってくる。
「父だよ」
 ロゼルはにべもなく言いはなった。
「枢機卿が……!」
 鈍器で後頭部を殴られたかのような衝撃が襲った。
「……もちろん証拠はない。俺の思い過ごしだという可能性も高い。むしろ、そうであってくれればと思う」
 淡々とした声だけが、むなしく頭上を通りすぎてゆく。
 ”象の檻”で眼にした、おぞましい光景の記憶がよみがえった。立ちこめる死乙女ロザリンドの香り。毛穴からねっとりと染み込んで、理性を犯し、神経を冒し、正気を煮溶かし尽くす闇。響き渡る嘲笑。アルトーニ枢機卿の手によって生き長らえさせられている、首だけの罪人。
 もし、”ロレイアの闇”の片鱗が、その光景のどこかに潜んでいたのだとしたら。
 背筋が総毛立った。
 まさか、リドウェルが、あんな”おぞましい姿”に──
 悲鳴を上げそうになるのをかろうじて飲み込む。リヒトは身をのけぞらせ、恐ろしい妄想から逃れようとした。噛みしめた歯が、かたかたと鳴る。
 指の先が氷のように冷え切った。
「……怖い……」
 震える身体を、ロゼルは肩を包み込むようにして抱き寄せた。震えが収まるまで、ゆっくりと撫で続ける。
「だろうな。俺も怖い」
 リヒトは、ロゼルの腕に顔を埋めた。
「正しいと信じて進んできたはずなのに、ふと気付いて振り返ったとたん、元来た道が影も形もなくなっているんじゃないかと思うとな」
 耳元に低くささやかれる。
 濡れた髪が肌に触れた。身体がすくむ。
「……ロゼル……!」
「だからこそ、この先は無知が命取りになる。闇雲に進むのは危険すぎる。”誰が味方で、誰が敵なのか”を慎重に見極めてからでないと先には進めない。リヒト、これから先は、絶対に俺を裏切らないと誓え。俺に貴様を疑わせるような秘密を一切持つな。すべてをさらけ出せ」
 さやけく言葉が、蕩かすような熱い吐息に混じって耳朶に吹きかかった。
「秘密も、謎も、心も、身体も全部だ」
 足と足がなまめかしく絡み合う。膝を、腰の下へ差し入れられる。身体が腰から半分のけぞって浮いた。
「っ……」
 交差した下半身が擦れ合う。水を染みこませた真綿のように、欲情の蜜があふれ出てくる。ぬらぬらと性器同士が滑り、下腹部に当たってこすれた。ぬちゃり、とぶつかり合う。
「リヒト」
 ロゼルの手が腰を押さえつけた。一気に身体ごと持ち上げられ、後ろから羽交い締めのように抱かれる。
「”狼の免罪符”と引き替えに、父に何を命じられた」
 指が蛇のようにばらばらに動いて、乳房を強く揉みしだく。
「ぁ、う……!」
「何を見せられた」
「……しら……ない……!」
「父は、”教団”のことを、どこまで知っている」
 形が変わるほど強く乱暴に揉みしだかれ、揺さぶられる。ロゼルの手が、下腹部をまさぐった。股間に膨れあがったものを、強すぎるほどの力で握りしめられる。
「ぁ、う……やめ……それは、ぁ……っ……!」
「正直に白状しろ」
 ロゼルはほの暗い自嘲の表情を浮かべた。
「貴様、先ほど”クロイツェル”と名乗ったな。何の、誰の名だ」
「……ぁ……やめろ……ロゼル……それは触るな……!」
 乳房を刺激されながら、巧妙な手つきで男の部分をゆるゆると扱かれ、指の先で尖端を刺激される。身体がのけぞる。快感が広がる。
「これも貴様自身だろう。何を嫌がる必要がある」
「ぁ、あっ……!」
 全身を快楽の蛇に絡みつかれたかのようだった。しびれにも似た感覚が、背筋を電流のように駆けめぐる。ぬるり、くちゅ、ぷちゅ、音がしたたる。息が詰まる。声が詰まる。快楽が下半身を浮かせ、背中を反り返らせた。欲望が赤く充血して膨れあがる。
「……ちがう……」
 リヒトは声を濡らし、身体をふるわせて喘いだ。
 男性器を握られ、先端を指先で撫でるようにもてあそばれ扱かれるたびに、女の部分からしとどに熱がこぼれ、糸を引いてロゼルとからみつく。
「父と何を話した。全部言え、リヒト。何を見た。全部、報告しろ。俺とともに行くか、父の隷下にはいるか、今、この場で決めろ」
 男としての矜持も、女の快楽も、同時にもてあそばれている。理性的に考えれば、この上もない辱めを受けているはずなのに。
 身体が裏返しになりそうなほどの感覚が、全身を熟れすぎた果物のように濡らし続ける。頭と、身体が、どこか別の感覚に繋ぎ変えられてしまったかのようだった。リヒトは呻き、喉をつまらせた。
「やめてくれ……ロゼル……あぁ……!」
 ぬるり、と。
 男の欲望が伝う。
 太腿の間を、から、奇形のようにロゼルの男根がぬっと突き出す。鎌首をもたげる蛇のようだった。
「い、いやだ……やめ……!」
「何が嫌なんだ? 俺と運命を共にすることがそんなに嫌か?」
 胸をふいに小刻みに揺らされた。じん、と振動が快楽となって走り抜ける。リヒトはたまらず呻き声をあげ、身体をそらした。
 嫌じゃない。受け入れたい。犯されたい。他に何も考えられない──ロゼルに上半身すべてを預け、腕に抱かれる。背筋に、ぞくぞくするざわめきが伝い走った。腰に電気が走ったようだった。
 ロゼルは片手で、リヒトの腰を掴んだ。
 無意識に快楽を求めて腰をすり寄せる。
「う……」
 ぬ、ちゅ、っと音がした。触れている──
「ロゼル……!」
 喉をのけぞらせ、声を喘がせる。
 もの欲しげに半開きになって、蜜を滴らせているそこに挿れて欲しくて……なのに、いつまでも焦らされて、つい腰を揺らす。冷ややかな声が降った。
「欲しければ自分で挿れろ」
「っ……!」
 羞恥心に、かっと頬が紅潮した。声がうわずる。
「いや……頼む……おねがい……」
 ロゼルが腰をぐいと押し当ててきた。充血し、赤く張りつめた女の部分が、欲望にぬめって音を立てる。
「さあ、どうしたい?」
「ぁ、……ああ、欲しい……あ……んっ……!」
 リヒトは腰を強く押しつけた。ぬるり、と欲望が逃げた。表面を滑る。リヒトは手を股間にあてがった。
「挿れてくれ……そのまま……ぁっ……!」
 熱い塊がずぶりと入ってきた。中が押し広げられる。奥に突き当たった。さらに、もっと。もっと。
 快楽が声とともに押し出され、こぼれる。小刻みに深く突かれ、快楽の期待に全身がふるえ出す。
「ロゼル……」
 自分が自分でなくなり、ばらばらに分解させられそうだった。リヒト・ヴェルファーであった身体が、女でも、男でもない、別の人格クロイツェルに取り替えられ、打ちのめされ、乱舞する。狂う。我を忘れ、錯乱した悲鳴を上げる。
 腰を振り、泣き呻き、たまらずに嗚咽する。
「だめだ、壊れる、ん、ううんっ……中に入ってる……ああ……!」
 濡れた肉茎が激しく出入りするたび、身体の中から訳の分からない快感がほとばしった。淫らな音が飛び散る。
「何を見たか言え」
 全身が揺さぶられる。乳房がはち切れんばかりに跳ねる。荒々しい吐息にのしかかられ、快感が引きずり出される。リヒトはのけぞった。ベッドが激しく軋む。
「言う……言うから……ぁあ、いかせて、気持ちいい、ロゼル……すごい、ぁ、んん……!」

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