9 もっと恥知らずなことを……したいのです

「あ、アリス……?」
 ラウは顔を真っ赤っ赤のぱんぱんにして、ぶるぶるとかぶりを振った。
「あ、あのね、あたしも、ね? たったっ確かにアリスのこと好きだけど、でもね、あの、そ、そ、そういうのはね? まず心の準備とか、順番とかがあって、……あの、あた、あたし……」
「大丈夫」
「何が大丈夫……って、うわあっ!」
「そんなに、怖がらないで」
 ふと、静かな声がささやいた。ゆっくりと、ベッドに身体を下ろされる。
 腰が、ふわっ、と沈み込む。
 柔らかすぎるクッションに吸い込まれるようだった。
 ふわふわと揺れて、身体がふらついて、立ち上がれない。
 目の前に暗い影となったアリストラムが立っている。
「アリス……?」
 身体を起こすのも一苦労だった。半分クッションにうもれながら、何とか背筋を起こそうともたもたする。
 アリストラムは自らの襟元に手をやった。
 いつも、きっちりと合わせた襟の留め金を片手の指先ではずし、やや乱暴にゆるめてから、神官の正装である純白のコートを脱ぎ捨てる。
 挑戦的なまなざしが、ラウを流し見つめていた。
「ま、待っ……あ、あの……!」
 ゆっくりと、屈み込んでくる。
 やわらかな銀の髪が頬をかすめた。
 首筋に、はらりと粟立つ感覚がこすれる。
「ひゃっ……!」
 両腕が伸びた。
「貴女が欲しい」
 甘い束縛の罠となって、ラウをとらえる。
 影が、のしかかってくる。
「やはり、こんなふうにされるのは……怖いですか?」
 そっと首筋に手をあてがわれる。
 ゆっくりと、肌をつたう。
 掌のぬくもり。
 ラウは身体を、ぞくっとこわばらせた。
 とくん、とくん……、と。心臓が壊れそうに跳ね上がる。
 ほっぺたがひどくほてって、いつもは冷えているはずの耳の先まで、かぁっ、と熱くなってゆく。
 吸い込むほかにやりどころのない臆病な息が、止まる。
「そ、そうじゃなくて……」
「では、何ですか?」
 やわらかくほそめられた紫紅の瞳が、真っ直ぐにラウを見つめている。
 ラウは、おずおずと目を伏せた。
「前みたいに……ならない?」
「前、とは?」
「刻印のこと……」
 息を吸い込み、止める。
 刻印、という言葉を口にするだけで、目に見えない冷たい空気が、身体の奥底に入り込んで来るようだった。その存在を思い浮かべるだけで、ぞくり、と指先が凍えた。
 もしかして、また、アリストラムが――刻印に支配されてしまったりはしないかと思うと、それだけで、怖くなって。
 背筋がひやりとこわばって、痛くなる。
「本当に……大丈夫? もう……前みたいに……アリスが、アリスじゃなくなっちゃうことは……ない? あんなの……もう……いやだよ」
「ありがとう。心配してくださっていたのですね」
 アリストラムはひょいと肩をすくめる。
「刻印は消えました。もう、誰にも支配されることはありません」
「ホントに……?」
「ええ」
 笑い声が降る。
「納得して頂けましたか?」
 ラウは、おずおずと上目遣いにアリストラムを窺った。
「うん……安心……した」
「では、このまま続けても構いませんね?」
「な、何を」
「知らんぷりされても、もう、我慢はしてあげませんよ」
 声を上げてアリストラムは笑う。
 その吐息がふわりと吹きかかった。
 魔香の匂いが、ほのかな白い霞みとなって目の前をかすめる。
 いざないの指先が、耳に触れる。
「……ん……!」
 ぴくりと立つ鋭敏な耳の根元を、指先で、こり、と押しこねられる。ラウはおもわず声をつまらせた。
 アリストラムはゆっくりとラウの隣に腰を下ろした。
 自身の着ているシャツをいささか乱暴にはだけ、勝手に肩からずり落ちてゆくのにも構わずに、なめらかな胸元をあらわにする。
「貴女のすべてが、全部、好きだから」
 吐息混じりの低い声が、耳元にささやき入れられる。
 そっと肩に手を回されて。
「貴女に、安心して欲しいから」
 ゆっくりと、頭ごと抱き寄せられる。
 アリストラムの右手が、ラウの頬に触れた。そのまま、つ……と喉を伝い、鎖骨を伝い、胸元へと降りてゆく。
「私の思いを、貴女に伝えたいから」
 身につけている服の一番上のボタンを転がすようにいじっている。
 その感触が触れるたびに、ラウはぴくん、と身をすくませた。
「アリス……」
「はい」
「アリス……!」
「ラウ」

 優しい呼び声が耳に届く。

 ――ラウの名を呼ぶ、声。

 大丈夫。
 もう、大丈夫。
 ここにいるのは、ふたりだけ……。

 肩の力が、抜けた。
 眼を閉じて、息をついて。
 アリストラムに、すべてをゆだねる。
「ラウ」
 ボタンが、外される。
 服に抑えられていた胸元が、押し返されるかのようにこぼれて揺れる。
 胸が――
 ラウは甘えた声をあげて、肌が、空気に晒される感覚にふるえた。
「ぁっ……」
 抱き寄せられて。
 着ているものを、一枚ずつ、はだけられてゆく。
 そのたびに、火照って、身体がのけぞる。
「ラウ」
「ん……」
 やわらかなキスが唇をふさいだ。

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