「あ、アリス……?」
ラウは顔を真っ赤っ赤のぱんぱんにして、ぶるぶるとかぶりを振った。
「あ、あのね、あたしも、ね? たったっ確かにアリスのこと好きだけど、でもね、あの、そ、そ、そういうのはね? まず心の準備とか、順番とかがあって、……あの、あた、あたし……」
「大丈夫」
「何が大丈夫……って、うわあっ!」
「そんなに、怖がらないで」
ふと、静かな声がささやいた。ゆっくりと、ベッドに身体を下ろされる。
腰が、ふわっ、と沈み込む。
柔らかすぎるクッションに吸い込まれるようだった。
ふわふわと揺れて、身体がふらついて、立ち上がれない。
目の前に暗い影となったアリストラムが立っている。
「アリス……?」
身体を起こすのも一苦労だった。半分クッションにうもれながら、何とか背筋を起こそうともたもたする。
アリストラムは自らの襟元に手をやった。
いつも、きっちりと合わせた襟の留め金を片手の指先ではずし、やや乱暴にゆるめてから、神官の正装である純白のコートを脱ぎ捨てる。
挑戦的なまなざしが、ラウを流し見つめていた。
「ま、待っ……あ、あの……!」
ゆっくりと、屈み込んでくる。
やわらかな銀の髪が頬をかすめた。
首筋に、はらりと粟立つ感覚がこすれる。
「ひゃっ……!」
両腕が伸びた。
「貴女が欲しい」
甘い束縛の罠となって、ラウをとらえる。
影が、のしかかってくる。
「やはり、こんなふうにされるのは……怖いですか?」
そっと首筋に手をあてがわれる。
ゆっくりと、肌をつたう。
掌のぬくもり。
ラウは身体を、ぞくっとこわばらせた。
とくん、とくん……、と。心臓が壊れそうに跳ね上がる。
ほっぺたがひどくほてって、いつもは冷えているはずの耳の先まで、かぁっ、と熱くなってゆく。
吸い込むほかにやりどころのない臆病な息が、止まる。
「そ、そうじゃなくて……」
「では、何ですか?」
やわらかくほそめられた紫紅の瞳が、真っ直ぐにラウを見つめている。
ラウは、おずおずと目を伏せた。
「前みたいに……ならない?」
「前、とは?」
「刻印のこと……」
息を吸い込み、止める。
刻印、という言葉を口にするだけで、目に見えない冷たい空気が、身体の奥底に入り込んで来るようだった。その存在を思い浮かべるだけで、ぞくり、と指先が凍えた。
もしかして、また、アリストラムが――刻印に支配されてしまったりはしないかと思うと、それだけで、怖くなって。
背筋がひやりとこわばって、痛くなる。
「本当に……大丈夫? もう……前みたいに……アリスが、アリスじゃなくなっちゃうことは……ない? あんなの……もう……いやだよ」
「ありがとう。心配してくださっていたのですね」
アリストラムはひょいと肩をすくめる。
「刻印は消えました。もう、誰にも支配されることはありません」
「ホントに……?」
「ええ」
笑い声が降る。
「納得して頂けましたか?」
ラウは、おずおずと上目遣いにアリストラムを窺った。
「うん……安心……した」
「では、このまま続けても構いませんね?」
「な、何を」
「知らんぷりされても、もう、我慢はしてあげませんよ」
声を上げてアリストラムは笑う。
その吐息がふわりと吹きかかった。
魔香の匂いが、ほのかな白い霞みとなって目の前をかすめる。
いざないの指先が、耳に触れる。
「……ん……!」
ぴくりと立つ鋭敏な耳の根元を、指先で、こり、と押しこねられる。ラウはおもわず声をつまらせた。
アリストラムはゆっくりとラウの隣に腰を下ろした。
自身の着ているシャツをいささか乱暴にはだけ、勝手に肩からずり落ちてゆくのにも構わずに、なめらかな胸元をあらわにする。
「貴女のすべてが、全部、好きだから」
吐息混じりの低い声が、耳元にささやき入れられる。
そっと肩に手を回されて。
「貴女に、安心して欲しいから」
ゆっくりと、頭ごと抱き寄せられる。
アリストラムの右手が、ラウの頬に触れた。そのまま、つ……と喉を伝い、鎖骨を伝い、胸元へと降りてゆく。
「私の思いを、貴女に伝えたいから」
身につけている服の一番上のボタンを転がすようにいじっている。
その感触が触れるたびに、ラウはぴくん、と身をすくませた。
「アリス……」
「はい」
「アリス……!」
「ラウ」
優しい呼び声が耳に届く。
――ラウの名を呼ぶ、声。
大丈夫。
もう、大丈夫。
ここにいるのは、ふたりだけ……。
肩の力が、抜けた。
眼を閉じて、息をついて。
アリストラムに、すべてをゆだねる。
「ラウ」
ボタンが、外される。
服に抑えられていた胸元が、押し返されるかのようにこぼれて揺れる。
胸が――
ラウは甘えた声をあげて、肌が、空気に晒される感覚にふるえた。
「ぁっ……」
抱き寄せられて。
着ているものを、一枚ずつ、はだけられてゆく。
そのたびに、火照って、身体がのけぞる。
「ラウ」
「ん……」
やわらかなキスが唇をふさいだ。
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