7 恋獄

「レン」
 低い涼真の声が、聞こえた。
「……思いだしたか……?」

 悲鳴を――あげたかった。
 それが、真実。
 これが、現実。

 夜ごと私の記憶の底から滲みだし、からみついては私を苛んだ、あの”赤い手”は、涼真の――

 私を犯し続けた父を刺した手。
 私を殺そうとした母を刺した手。
 取り返しの付かぬ罪にまみれた手。
 その、手で。
 涼真は、薬で意識が混濁状態に陥っていた私を、血の海から引きずり上げたのだった。

 今、見たことは、すべて忘れろ。
 レンを壊したのは、俺だ。
 お前は、何も、していない。
 俺に、めちゃくちゃにされたと言え――

 記憶のすべてが、全身にのしかかった。凄まじい罪の重みが心を押し潰す。絶叫めいた悔恨が魂を轢き潰してゆく。もっと早く死ねばよかった。こんなことになるぐらいならもっと早く。もっと早く死ねば良かった。許されるはずもない罪を犯していながら。誰よりも、どんな殺人者よりも穢らわしい罪を犯していながら。
 弟を、殺人者にし――自分だけ、記憶を失って、のうのうと生き長らえた。好きで、好きで、たまらなく好きで、どうしようもなく好きだった弟を、殺人者に変えた。なのに自分は何の罰も受けず。何の咎めもないまま、記憶だけを失って。被害者ぶって。涼真にすべてを依存して。依存しきって、上っ面の悲しみ、上っ面だけの苦しみ、上っ面だけの罪悪感で、おこがましくも、死にたい、などと、思い続けた。本当の罪を知らぬまま、愚かにも。
 死にたい、だなどと、思うことすら、もはや、戯れ言以外の何ものでもなかった。まだ死んでいないのだから。なぜまだ死んでいないのか、自分で自分が呪わしかった。さっさと消えてしまえばよかった。本当に、生きてなどいなければよかった。なぜ生き長らえてしまったのか。なぜ忘れてまで生き延びたかったのか。もっと早く死んでいれば良かった。現実逃避してしまおう、などと思わず、逃げよう、などと思わず、さっさとあっけなく自分を投げ棄ててしまえばよかった。殺されてしまえば良かった。なぜ、執着したのだろう。なぜ、こんな、こんな、こんな、こんな罪を犯してまで――私は!

「嫌……嫌……嫌あぁああ!」
 私自身が、嫌で、嫌で、堪らなかった。近寄るものすべてが、私に穢されてしまいそうで、何も、涼真でさえ、絶対に近づけたくなかった。私に近づけば、汚れる。私が、涼真を汚した。何もかも私のせい。何もかも。
 もう、もう、どうでもいい。こんな命など、存在してはいけない。今すぐ――
 私は手に触れたクッションを涼真に叩きつけた。髪を振り乱して投げつけると、逃げるように窓へと駆け寄った。
「嫌あああああああ……!!」
 半狂乱になって、こぶしをガラスに叩きつける。割れない。どんなに叫んでも、泣きわめいても、女の力で硬い防犯ガラスが割れるはずもない。それでも、壊したかった。自分ごと、何もかも、壊したかった。
「嫌、嫌、もう、嫌……嫌あっ……!」
「レン」
 涼真が、後ろから覆い被さるようにして私を押さえつけた。私は全身でもがき続けた。
「嫌、近づかないで。私なんかもう、どうなってもいいの。もう、死んじゃえばいいの。だめなの。駄目、もう、駄目……涼ちゃんに、あんなことさせた私なんかもう、いなくなればいいの。嫌なの、嫌、嫌、嫌、こんなの、嫌あああ……!」
「レン」
 私は涼真の腕から身をよじって逃れた。ダイニングテーブルにぶつかり、上に乗っていた花瓶を払い落とす。甲高い、陶器の砕ける音がした。
「嫌ああああ……!」
 テーブルクロスを引き払い、床に叩きつけた。グラスが跳ね飛ぶ。私は砕けた破片を手に掴もうとした。
 割れたグラスの切っ先が、ナイフのようにするどく尖っている。もう、痛みすら感じない。そのまま、握りつぶそうとする。
 その手を、涼真が払い飛ばした。
「レン!」
 傷付いて血まみれになった手を、涼真はぐいとひねり上げる。私はもがき、暴れた。逃げ出したかった。今すぐ消えたかった。
「嫌、あ、あ、死なせてよ! 死なせてってば……!」
「レン」

 恐ろしいほど、怜悧な。
 低い、押し殺された声が。

 私を、凍りつかせる。

「俺は、お前を苦しめるために記憶を取り戻させたかったんじゃない」
「……嫌、いや……聞きたくない……!」
「聞けよ」
「嫌、嫌、嫌あああああああ……っ!!」
「俺の――命令でも、か?」

 命令。
 あまりにも、残酷な。
 あまりにも、悲痛な。

 それは――

「……ぁ……」
 涙と、絶望で、ぐしょぐしょになった、ひどい顔のままで私は呆然と涼真を見上げる。声が、出ない。私は、うつろな眼で、息をついた。動けない。
 涼真は、力尽きたかのような吐息を長くもらした。疲れ果てたため息だった。
「思い出したくなかったのは、分かる」
「……」
「レンを苦しませるぐらいなら、ずっと黙ってるほうがいいとも思った」
「……!」
「でも」
 涼真は私の背後から、腕を回した。恐ろしい力で抱きすくめられる。
「でも、もう、限界だ。いつまでもレンを」
 喘ぐような、吐き絞るような、悲痛な声だった。私は眼を押し開く。息が、できない。全身が痛く、苦しく、自分へのおぞましさに押し潰されそうだった。
「こんなふうに……俺のことで、レン姉の心を押し潰して、縛り付けて、過去に苛ませて苦しめ続けるほうが、ずっと……ずっと、苦しいはずだって……思った。だから、だから、さ」
 涼真の声が、ふいにうわずる。
「だから……もう……俺のことは……忘れてくれていいから……だから……もう……そんなに、自分を責めるのは、やめて欲しいんだ……」
 男のくせに。
 子どもみたいに、涼真は、泣いていた。
「レン姉が……好きで、好きで、たまらなかったから……親父も……お袋も……許せなかった……! 今だって……こんなこと、俺みたいな人殺しに言われても、迷惑で、嫌で、しょうがないだろうけど、でも……好きで……好きで、どうしようもないんだ……レンは、俺の、全部なんだよ……!」
「涼……ちゃん……」
「怖かったんだ……レンが……俺のことを……本当のことを思いだしたとき、俺を……恨むかも知れないって思うと……怖かった……怖かったんだ……だから、ずっと!」
 私たちは、互いに、立っていられず、抱き合ったまま、その場にくずおれる。
 どうしていいのか、何も分からなかった。
 私は、不様に濡れた涼真の頬に手を押し当て。涼真は、声もない私の身体を、その腕で引き寄せ。
 ただ、なすすべもなく涙と呻きに互いの身を任せ合った。

 答えなど、見つかるはずもない。
 だからせめて繋がりたかった。快楽などのためではなく、互いに、互いの苦しみを別の何かで埋め尽くすために。その悲痛なうめきを、苦しみを、自分が代わりに償うために。
 終わりのない、苦痛と、絶望と、快楽のメビウス。
 本当ならこんな悲痛な苦しみの塊など身体のどこにも入るわけがないのに。けだものそのものの喘ぎを上げてのたうちながら、互いに、互いを、むさぼる。私は喉の奥にまで突き入れられたそれを。涼真は、私の身体そのものを。そうすれば私たちはもっともっとひとつながりになれる。上から下へ、下から上へ。絡まりあう蔦のように、もつれる髪の毛のように、もがき苦しむ死の舞踏のように、永遠にがんじがらめに繋がりあえる。ひとつになれる。その罪を、その苦しみを、共有できる。裏も、表も、全部、全部、全部――

 真実にたどり着くことで、もし、何かが、変わるとしたら、それは――
 私自身の、自我そのものだろう。
 私は涼真のすべてを受け入れる。それが、私の意志だ。命令されてのことでもなく。強制されてのことでもなく。ただ流されてのことでもなく。
 私たちは、ひとつになる。それが愛なのか、恐怖なのか、欲望なのか、それとも疑心暗鬼によるものなのか、私には分からない。それでも、受け入れる。私のために涼真が犯した罪は、すなわち私自身が犯した罪だ。涼真を責めることなどできるはずもないし、そんな権利もない。代わりに罪をつぐなうこともまたできないし、そんなことをする、つもりも、ない。
 だから、どこまでも一緒に、前へ進む。何も見えなくても、手探りで進む。行く先の見えない、当て所もない道かもしれないけど、それでも、私は涼真と一緒に行く。夕暮れの光に手をかざし、透き通る血の色に染まりながら、消え去ってゆく明日を追いかけ、取り合った手を、同じ色、同じ罪に染めながら。

 君と一緒ならぼくはどこまでも飛んでゆける
 君が望むなら地の果てまでも堕ちてゆける
 あの太陽だって飛び越えられるさ
 だから一緒に行こう
 たとえこの翼が熔けて落ちてもこの世界の全てを敵に回しても
 僕が、君を、かならず守るから――

 翌朝。
 まばゆい朝の光が、カーテンの隙間から白い帯となって部屋に差し込んでいる。五時。アラームの電子音が断続的に鳴り出す。早すぎる起床だが、涼真が遅刻しないためには早起きが不可欠だ。充足のまどろみが、目覚める直前の心地よい誘惑となってやわらかく身体を包む。
 隣に眠る愛おしい弟が、寝言めいたつぶやきを口にするのが聞こえた。予約スイッチを入れておいた炊飯器から、甘い炊きたてゴハンの匂いが漂ってくる。
 朝だ。私たちは――夜明けを、迎えた。
「レン、起きてるか?」
 涼真が背後から私に触れた。やわらかな、優しい手が、両肩を包み込むようにしてそっと置かれる。
「……ん……なあに?」
 首をそらし、後ろから屈み込んでくる涼真のキスを受ける。愛おしげに撫でてくれる手に導かれて、甘い、とろけ落ちてしまいそうなほどゆったりとした、至福のキスを交わす。
「おはよう、レン」
「ん……おはよ……涼ちゃん」
 挨拶してから、二人、もじもじと、同じ毛布にくるまって、この後どうしたものか、とぼんやり考える。ベッドは狭い。そもそもがシングルベッドなうえに、涼真はかなり身長がある。妙に急かして飛び起きたりすればそれこそコミックのワンシーンみたいにどちらかがベッドから転がり落ちかねなかった。まさに、動けない。身動きの取れない状況だ。
「いや、何でもねえ。キスしたかっただけ」
「姉弟でキスなんておかしいわ」
「またそれかよ。いいだろ、もう?」
 口調は怒っているが、表情はまるで違う。とげとげしさなどかけらもない笑みがこぼれている。私だけを、ひたと見つめる瞳。
 私は涼真の腕に身体を預けた。撫でられるたび、全身が、かあっと熱くなって、胸がどきどきして、それでいてその手のひらの感触が吸い付くように優しくて、他の何よりも落ち着くような心地がした。
「もう……起きる?」
「あと五分」
「遅刻しちゃうよ」
「……あと三分」
「だめだってば」
「……あと一分三十秒」
 いつもと変わらぬ、朝の風景。
 それこそが、私たちが、ずっと欲しくてたまらなかったもの。
 だから、今日も、同じ毎日を、繰り返す。
「だーめ。起きなさい。私だって仕事に行かなくちゃいけないんだから」
「え、行くの。行かなくていいだろ、もう」
「嫌。仕事したいもの」
「えー」
「やだ、蜂矢さんに嫉妬してんの?」
「……悪いかよ」
「大丈夫よ」
 私は、かすかな罪悪感とともに笑う。蜂矢のいる世界は、私たちがいる薄暗い世界とは違う。罪を犯したものと罪を犯していないものの住む世界は、明確に線引きされ区別されなければならない。
「私だって、現実と虚構の区別ぐらいつくわ」
 二人で朝食の準備をしながら、私たちは呑気に話を続ける。
「あの盗撮ビデオ撮ったの、涼ちゃんね」
「……そうだよ。撮っておいてよかった。レンが親父にずっと性的虐待されてたっていう、決定的な証拠だからな。俺もさんざん取り調べされたけど、あのビデオの存在が相当、審査員の心証悪かったらしくてさ。レンだって結局、不起訴相当になっただろ。でもまだ警察がこのマンション嗅ぎつけてうろうろしてるんで、油断はできない。まだ俺を疑ってる刑事がいる。レンはもう放免だろうけど俺は勾留も起訴もされてないからね」
「……そういえば……」
 涼真が戻ってこなかった日、マンションの前に張り込んでいた中年の男。
 素性を聞けば良かったのだ。ストーカーだと思って何も言わなかったけれど。
「それで、あの日からしばらく帰ってこなかったのね」
「ああ、そうだ。怖がらせて悪かった。すまない。怖かっただろ……?」
「ううん」
 私はご飯をよそう手を止め、涼真に頭をもたせかけた。悪魔の微笑みが私を見下ろしている。
「大丈夫……涼ちゃんがいてくれるから」
「そうか。俺もレンがいてくれるから、安心してる」
 優しい死神のキス。
 私を包み込む、朧月のような、光。
「でもさ……思いだしたら、てっきり、俺のこと、嫌いになるかとばかり思ってた」
「……ばか」
 涼真の手が、私の下腹部をゆっくりとさすっている。私は眼を閉じる。すべてを、預けて。
「そんなこと……あるわけないじゃない。だって」
「だって?」
「涼ちゃんは私の王子様だもの」
「は?」
「くまの王子様。……覚えてる? 涼ちゃんが幼稚園のときよ」
「覚えてるわけねえだろ! いったい何年前の話だよ」
「涼ちゃんが昔、私の部屋に、くまのぬいぐるみと一緒に来てくれたことがあってね。『おれが、れんを、まもる!』って言ってくれたの。すごく、格好良かった……幼稚園児だけど」
「……俺が、レンを、守る、か」
 涼真はこつん、と私の額におでこをぶつけた。そのまま、鼻の先を、ふっ、と押し付け合う。その感触はすこしひやりとしていた。
「やるじゃん、幼稚園児の俺」
「あのときから、涼ちゃんは、ずっと私の王子様なの」
「くそ、俺、何で覚えてねえんだ! せっかくの初恋なのに」
「幼稚園児じゃしょうがないわよ」
「ああああちくしょう、一生の不覚だな。でも、そんな昔……俺が幼稚園ってことは、レンは……小学生か」
「……うん」
「怖かっただろ」
「……うん」
「俺がもっと早く気付いてやれてれば、こんなことにはならなかったのにな」
「いいの」
 私はかぼそくつぶやく。
「涼ちゃんが、いてくれるから、もう……いい」
「そっか」
 涼真は、また、私を抱きしめてくれた。何度も、抱きしめてはキスして、涙を、ぬぐってくれる。
「俺たち……結婚する?」
「……無理よ」
「形だけでもいいぞ」
「……無理」
「無理じゃない」
 部屋の隅に立てかけた大きな姿見に、私と涼真が映っている。私は涼真の腕の中。涼真は、右手で腰を抱いて、左手で、私のおなかをずっと触っていた。
「慰めは止して」
「いや、半分以上、本気だけどな」
 私は笑った。
「もしかして本当は――弟じゃないとか?」
「うん。レンが病院にいるとき、何となく気になって調べた。DNA鑑定。俺たち、他人だよ。”完全”に」
「そう。ありがちな話ね」
 ためいきがこぼれた。私だけが別で、涼真は違う、と思っていた。家族の真ん中にいるとばかり思っていた。両親の寵愛を一身に受けているとばかり、思っていた。でも、それは、違う。誰も本当のことを知らなかったのだ――母以外は、誰も。
「ホントに似てないものね、私たち」
 何もかもが、馬鹿げた結末のように思えた。浮気と不倫と近親相姦の挙げ句に家庭崩壊。最後にすがった血の絆すら、真実では、なかった。そんなことなら、最初から家庭も家族も捨ててどこかへ消えていてくれればよかったのに。そうすれば、最初から――他人として出逢えたかもしれなかったのに。
「似てないかな」
「似てないわ」
「でも、俺……レンのことが、他人には思えないっていうか」
「……そりゃあ、ずっと……姉弟として生きてきたんだもの。当然でしょ。いまさら変えられないわ」
 涼真は奇妙に子どもっぽい仕草で、小難しく唸りながら首をひねった。
「いや、そういうのともちょっと違うっていうか……うーん、何て言えばいいんだ……?」
「どっちにしろ無理。姉弟じゃ結婚できないもの」
「……結局そう来るわけだ。あっさりしてるよ。ま、いいけどな、それでも。形だけ結婚してぐちゃぐちゃに家庭崩壊させるぐらいなら本当に一緒にいたい相手の傍にいてやるほうがいいよな」
 涼真はおだやかに笑った。私も声を揃えて笑う。二人で、しばらく、くすくすと笑い合った。
「あのね、涼ちゃん」
「何だ?」
「私、涼ちゃんと、本当の家族になりたい」
 それは、あの家の中で、決して望んではいけなかったもの。それでいて、私たち”血のつながらない姉弟”が、一番、欲しくてたまらなかったものだった。

 本当の家族が、欲しい――

 涼真が、ふとふざけた表情を消す。
「家族、か」
「……うん」
「悪くないな」

 ガラスが粉々に砕け散るかのような、最後の、あの瞬間。
 もう、どうでも良い、と思った。何もかもが、取り返しの付かないあやまちの彼方に追いやられて、今さら、取り戻すことなど絶対にできない、と。
 でも、あの暗闇と絶望の中で涼真は、私の……私なんかのために、すべてを――自分の未来をかなぐり棄ててまでも、私を暗闇から連れ出してくれた。罪を犯してまでも、とうの昔に失っていた希望を与えてくれた。
 それが、今、ここにいる私のすべてだ。私たちは繋がりあっている。共有するのは、ひそやかな、それでいて致命的な秘密。決して消せない、ふたりでひとつの、罪。誰にも言えない――過去だ。だから。

「ね、家族。私たち、姉弟じゃなくて、家族になりたい。いいでしょ?」
 はじめてのワガママ。涼真は半分困ったような歪んだ笑顔を浮かべた。
「いいのかな、それ」
「もう一度、家族になるところから……やりなおしたいの」
「そうだな、もう一度、初めからやり直すか」
 涼真もうなずく。身を寄せ合い、罪にまみれて笑いあうと、ほんのすこしだけ心が痛んだ。でも、たぶん、これからずっと涼真と二人、誰にも言えない秘密、恐ろしい罪を隠して生きることを余儀なくされるのだから、今ぐらい、その程度のワガママは許されてもいいと思った。
「一生……償えない秘密を抱えて……生きることになるけど。本当に、それでいい?」
「私のために涼ちゃんひとりが苦しむのは、もう、イヤ」
「俺はいいんだよ」
 涼真はかすかに笑って私を抱き寄せた。ふっとやわらかく唇を重ねる。
「レンのこと、愛してるから」
「うん……」
「……何か不公平だ。お前も俺のこと愛してるって言えよ。さもないとワガママ言うぞ」
「で、でも、ちょっと……面と向かっては……恥ずかしいよ……ぁっ……」
「冗談だよ。愛してる。これからは、ずっと一緒だ。ほら、言って。早く……キス、させてくれ」
 涼真は笑って、何度も私にキスをせがむ。
「ほら」
「ぁ……うん……」
「言って」
「あ……あの……!」
「恥ずかしがりやだな。ほら、言えよ、言わないと……?」
 指先にからめた、髪の細い束を、くるくると巻き付けて、ふっ、と首筋に息を吹きかける。
「またキスしちまうぞ?」
「ん……涼ちゃん……」
「何だ?」

 愛してる。

 それは、つかの間の夢。いつか、私たちの罪が暴かれるときがくるまでの夢――かもしれない。
 でも、この気持ちだけは紛れもなく本当。今までは、ただ、守られていただけだったけれど、でも真実を知った今はもう違う。これからは私が涼真を守る。その秘密を守る。その苦悩を忘れさせてあげる。誰にも絶対に邪魔はさせない。私は、私の身体で罪を──涼真を守る。それが私の本当の望みだ。
「愛してる。ずっと、好きだったの。涼ちゃんのこと……ずっと、ずっと……大好きだった……今も、今は……もっと好き。心から愛してる。涼ちゃんの、全部が……好き」
 愛してる。心から――あなたを。

                 終わり
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