" お月様
お月様にお願い! 

2 私、狼になります!

 ルロイは眼を白黒させ、素っ頓狂な声を上げた。身体がぴっくんぴっくんしている。
「できましたよ、ルロイさん! これでほらっ」
 シェリーは、声をはなやがせて報告した。ぱっ、と手を放す。だが、残念なことにレバーはまた、びよよん、とバネ仕掛けみたいな勢いで上へと反り返った。
「あら? 下で止まりませんね。失敗」
 もう一回。今度は注意深く、ゆっくりと力を入れながら倒す。
 ぐぐぐ。ぱたん。ぱっ。びよよん。
「あひょえ!」
「……直りません……」
 シェリーは意気消沈してうなだれた。声も肩もがっかりと落とす。
「無理に決まってるよ……そんなことされたら余計に」
 ルロイが、真っ赤な顔で口ごもる。
「どうなるか……分かるだろ?」
 互いに、どきん、として目を見合わせる。シェリーは、気恥ずかしさにどぎまぎして、眼をそらした。
「……困りました」
「困ってるのはこっちだよ」
 ルロイは真っ赤な顔をさらに赤くしながら前を押さえた。抑えようもないほど硬く立ち上がって、もはや片手では隠すこともできない。
「さっき……なるべく控えるようにって言われたばっかりなのにさ」
「えっ?」
「いくらシェリーが可愛いからって、年中、その、発情ばっかりしてたらやっぱ身体に悪いって言われてさ」
 ルロイは赤い顔を恥ずかしげにそむける。どことなく突っぱねたような、子供じみた言い方だった。
「ルロイさん……」
 シェリーは、目を瞠って聞き返した。
「そうだったんですか。それで我慢を……なさって?」
「う、うん」
 ルロイはシェリーと目も合わせられないぐらい、もじもじと照れていた。が、視線に気づくと、むやみに手を振り、しどろもどろに否定する。
「い、いや、全然、シェリーが好きってことは我慢してないぞ! 発情してるときだけ好きになるワケじゃないぞ? たまたま今日はそういう気分にならないってだけだよ! い、いくら狼でも、年中発情しっぱなしはおかしいだろ? ちょっとぐらい勃っちゃっても我慢できるってことを証明してやる。俺にだって理性ぐらいある! 時にはそういうことする気にならない日があったっていいはずだからな。だ、だから、シェリー、大丈夫だ。今日は賢者の日だ。ゆっくりしよう」
「分かりました。そうですね、身体が一番ですものね……ええと……じゃあ、どうしましょ。すみません、とりあえず」
 シェリーは新しいタオルを持ち上がっている部分にふわりとかけた。くるっと回して、マフラーのように巻き付ける。
「これで、賢者様みたいに見えませんか?」
「……激しく意図が伝わってない気がするんだけど!」
「あっ」
 たいへんなことに気づいてしまう。シェリーは大切なところにぶら下がっているタオルをぎゅうううと引っ張った。
「あうっ!?」
 ガンガンと押すのには馴れていても引っぱられる力には馴れていない。ルロイは、全力で翻弄されまくりながらよろめいた。
「もげっ!?」
 大切なところを無造作に引きずられて、へっこんへっこんと腰が踊る。
「大変なことに気がついてしまいました」
「俺の股間のほうがよっぽど大問題なんだけど。で、どうしたの」
「ルロイさんの服、全部洗濯してしまいました」
「と言うことは」
「お着替えがありません」
「ずっと下半身まっぱ!?」
「いえ、賢者様です」
「……こんな賢者様お断りだよ……」
 ルロイは下半身の賢者様を見下ろした。タオルのフードを被った狼の賢者さまは、未だ意気軒昂として、怪気炎の狼煙を上げ続けている。
「いいえ、大丈夫です。もうひとつ、いいこと思いつきましたから」
 シェリーは、ぽんと手を打った。
「今度は何」
 きっと褒めてくれるに違いない。身体の前で両手をひねり合わせ、小首をかしげて、くすっと笑う。
「このさいですから、先にお風呂にしましょ。泡でぷくぷく身体を洗ったら香りもいいですし、きっと身も心も癒されて、身体のつっかえも取れると思います。ルロイさんのお背中を流している間に、服もきっと乾きますわ」
「泡とか……俺的には、明らかに据え膳な妄想しか沸いてこないんだけど」
 ルロイは天井を仰いだ。
「どーせシェリーのことだから……本気で言ってくれてるんだろうなあ……」
「はい?」
「……何でもないよ」
「よかった。では、わたし、服が濡れないよう、エプロンつけてきますね」
「裸で?」
「お風呂では、裸でエプロンを着るのですか?」
「……反省します」
「ふふっ、ルロイさんたら、おかしいの。言ってる意味が分かりませんわ」
「いや……分かんねえままのシェリーでいいよ……心の眼が汚れてるのは俺だけで良い……」
「そんな。ルロイさんの目、とっても綺麗で……わたし、大好きです」
「……ごめん。ますます心が痛いよ……」
「たいへん。火傷、まだ痛みますか?」
「それはない」
「よかった。では、お先にお風呂で待っていてくださいませ。後でうかがわせていただきますわ」
 ルロイの背中を押してお風呂へと送り出しながら、くすくすシェリーは笑った。

「ルロイさんの背中……大きいですね」
「え、そ、そう?」
「手が届きません」
 洗い場は、ぷくぷくの泡でいっぱいになっている。
 シェリーは小さなお風呂用の丸椅子を持ち出してきた。促されるままルロイは風呂椅子に腰を下ろす。
「ゆっくりなさっててくださいね」
 シェリーは背中側に膝を付き、中腰に座り込んだ。泡でいっぱいのやわらかなスポンジで、くるくると丁寧に背中を洗ってくれる。
「ありがとう。気持ちいいよ」
 優しく触れてくれる手の感触に、ルロイは耳まで赤くして照れた。
「それは良かったです」
 手のひらに、石けんを足し、ぴん、と飛び出した耳にせっけんが入らないよう注意しながら、髪を洗い、尻尾まで洗ってくれる。
 その夢見るような心地にうっとりする。
 やがてシェリーの手は、肩から胸へと回ってくる。
「あ、いや、前はいいよ、自分で……」
 うろたえるルロイの言葉は気にも留めず、シェリーはゆるやかな手で泡を伸ばしてゆく。
 だが、すぐにルロイは気づいた。
 シェリーは、決して、首輪に触れようとはしない。
 まるで、首輪の下に決して癒えない古い傷があることを知っているかのようだった。
「シェリー」
 思わず手を伸ばす。
「はい……きゃっ?」
 急に振り向いたせいで、シェリーの頬に、ぽてっと白い泡がつく。
「きゃっ、泡、あわっ!?」
「俺も、シェリーの身体洗ってやるよ」
「えっ? で、でも」
「大丈夫」
 ルロイはくすっと笑った。
「発情しなきゃ大丈夫だって」
「それはそうですけど……でも、今日はお仕事から帰ったばかりでお疲れなのですから、ゆっくりしてくださる約束……ですよ?」
「うん、分かってる。もちろんだよ。よけいなことはしないから」
「絶対?」
「うん。絶対」
「絶対ですよ? ホントに、絶対ですよ?」
「俺って信用ないんだな……自業自得だけど」
「そんなことは……う、ううん、でもやっぱり心配です」
「やっぱりかよ。もしかしてシェリーって俺のこと自制心のカケラもないケダモノだと思ってない?」
「そんなことおっしゃられても」
 シェリーは困った顔で手を揉みしぼった。おろおろと立ちつくす。
「大丈夫大丈夫」
 笑いながら、泡のついた手でぎゅっとシェリーを抱きしめる。
「きゃあっ! どうしましょ、泡、泡がついちゃいました!?」
「ごめんごめん。いたずらしたかったんだ」
「んもう、ルロイさんったらいたずらばっかりして。こんなことされたら本当に困りますって……まだ、お背中流して終わって……」
「大丈夫大丈夫。ほら、脱がせてあげるから」
「あっ、あっ……もう……だめですって……わたし、家の中のお仕事が……」
「いいよ、そんなの後で。俺も手伝うから」
 ルロイはあっけらかんと笑ってシェリーを抱き寄せた。
「あんっ、泡だらけの手で触らないでくださいって言ったじゃないですか……」
「どうせ全部脱がすからいいんだよ」
「ちょっ……ちょっと待って……あ……!」
 あっさりと脱がしてしまう。
「脱がされちゃいました……」
「膝に座っていいよ」
 弱り顔のシェリーを膝に座らせる。
「お膝はいけません……さっきの火傷が……」
「そんなもん全然たいしたことないって。全然。ほら、スポンジ貸して」
 泡立たせたスポンジで、つ、つ、とシェリーの肌をなぞる。
「あんっ……」
「綺麗な肌だ。どこもかしこも、真っ白で……」
「ぁ……あっ……」
 のけぞるシェリーの身体を片腕で支える。身体の線にそって、ゆるやかに、たどってゆく。
「ん……んっ……」
「ここ……柔らかいな」
「ぁ……っ!」
 シェリーは頬を赤く染めた。胸が、スポンジでいじられて、泡に包まれてゆく。
「ん……ううん……ルロイさん……からかっちゃいやです……」
「ごめん。やっぱ、洗うより触る方がいいな」
「ぁっ……あん……!」
「おっと、あんまりじたばたすると、膝から落ちるよ?」
「んっ……」
「こっちに来て」
 背後からシェリーの腰に手を回し、やや乱暴に足を開かせて、両膝にまたがらせる。
「あ、あっ……でも……!」
「ほら、こんなふうにまたがって座ったら落ちることもないだろ」
「ぁ……あっ、でも……!」
「どうした?」
「あ、あの、あのうっ……!」
「落ち着くだろ?」
 シェリーの身体はどこに触れても柔らかく、息をつくたびに、全身がうねるようにだった。
 肌が、手に吸い付く。
 泡のたっぷりと乗った肌のすべすべとした柔らかさを、両手で揉み上げてゆっくりと楽しむ。包み切れないほどの乳房を、背後からクリームを絞るようにして揉みしだく。シェリーは、あえかな喘ぎ声をもらした。
 乳首の先から、とろり、と、なめらかな泡が落ちる。
「ぁっ……!」
 泡のせいで、ぬるり、と手が滑る。普段からすべすべと吸い付くように心地良い肌触りが、なおいっそう、そそられるようなたおやかさを増している。
「ぁうぅん……っ!」
「そう、もうすこし、こっちに来て」
「んっ、でも……でも……」
「……まだ入ってないよな?」
「……ううんっ……ん……もう……ぁあん……!」
「大丈夫大丈夫」
「そ、ういう意味じゃなくて……あの、ま、また……ぁ……」
「ん? どうかしたのか?」
 乳房の先を、ころころと指先で押し回して、優しく、意地悪にもてあそぶ。
「シェリーのおっぱいのここ……コリコリになってるよ……?」
「あっ、あっ……!」
 熱情と欲情の籠もった指先で愛撫してやるたびに、シェリーはぞくりと背中を反らした。心許ない声を断続的にあげて、いやいやと首を振り、吐息ごとルロイに身体を預けてくる。
「だ、だめです、そんなこと、しちゃ……ぁっ、あっ……きもちいい……」
「どうしてダメなんだ?」
「だ、だってえ……」
 シェリーはせつない吐息を震わせた。白い肌が、もう、愛撫の熱にうっとりととろけはじめている。
 半分泣きそうな顔で首をねじり、肩越しにルロイを見上げる。だがそのすがるような上目遣いが逆に、ルロイの欲情に狼の火をつけた。
「その……」