お月様にお願い! バレンタイン番外編

恋の赤ずきんちゃん

 ひくん、と肩が震える。
「うわああああああんっ!」
 シェリーはルロイの腕の中に突っ伏した。びしょびしょの顔をうずめる。
「わあああ泣き出したーーーっ!?」
 ルロイは仰天した。シェリーは、子どものように手を眼に押し当てて号泣し続ける。
「もしかして、わたしのことが嫌いになっちゃったんですね? だからむぎゅうしてくれないんですね!? お月さまとスープとわたしと、ひっく……ひっく……誰がいちばん大切なんですかーーっ!」
 しゃくり上げるたび、涙がぽろぽろと指の間からこぼれ落ちる。
「そんなもの比べようが……」
 シェリーは突然、むくりと上半身を起こした。ルロイの顎にごつんとぶつかる。
「んがっ! あいたたた……!」
 ルロイは顎を押さえてじたばたした。
「じゃあ、どうして発情してくださらないのですヒック!」
 シェリーはルロイの手首を掴んだ。揺すぶりながら、ぷんすかと怒り出す。
「よろしいですかヒック、わたしがこんなにルロイさんのこと大好きなのにヒック、ルロイさんはお月様のことばっかり気にしてヒック、チュウもしてくださらなヒック……不条理です! ひっく、わたしだって、もう、子どもじゃないんですから、もう、ちゃんとしたオトナのレディなんですから……ひっく……お嫁さんにしてくださったっていいじゃないですか……なのに発情してくださらない、ということは……!」
 泣きはらした目を三角に尖らせて言いつのる。
「結局、その程度だったんですね……ルロイさんにとってのわたしの存在は……取るに足らない……スープ以下のだしがらーーーーっ!!!」
 身に覚えのないことでさんざん責め立てられ、ルロイはひるんだ。かろうじて口を挟む。
「馬鹿言うなよ、だしがらだろうが何だろうが俺は骨まで全部食うぞ! 誰が捨てたりなんかするかよ!」
「ばか……?」
 シェリーはルロイの言葉に愕然とした。口ごもる。
「ああんっ……ひっく、そうでした……」
 ひっく。しゃくりあげる声に、完全な酔っぱらいのしゃっくりが混じる。ひっく。ひっく。泣いているのかしゃっくりしているのか分からない。
 泣きながらも、シェリーは全身でむにゅむにゅとルロイに迫った。完全に感情が不安定になっている。下着がよじれて、はらりとはだけた。
「馬鹿はわたしです……うぇっ……うぇっ……あああん……!」
「ちょっ……わあああ!?」
 ルロイはじたばたとあがいた。のしかかってくる酔っぱらい攻撃を必死に払いのける。
「や、やべえって、シェリーが発情しちまった……! って、人間は発情しないんだっけ……? い、いや、この際それはどうでもいい、どうなってんだ?」
「あふん……」
 顔にぷにゅぅ、とおっぱいが押し当てられる。甘ったるくからんでくるあえぎ声に、ルロイはたまらず顔を赤らめた。
「やっ、やめ……!」
 抵抗しようにも、おっぱいの感触にへなへなと腰が砕ける。
「ごめんなさい……発情できなくって……ごめんなさい……ふえええん……!」
「違うって、そういう意味じゃ……発情なんかしてなくったって、いつだって俺はシェリーのこと大好きだってば。だから、迫るな、泣くな、頼むよ!」
「ふぇぇぇえん……ルロイさんがわたしのこと好きって言ってくれましたぁ……ふえええん……うれしいです……!」
「あああ、また泣き出したよ! どうすりゃいいんだ?」
 シェリーはぐすんとしゃくり上げた。顔をくしゃくしゃにする。
「ああんごめんなさい、分かってます……でも、ルロイさんが好きっていってくれるの聞いたら……うれしくて……ひっく……ええん……もっと泣けちゃって……止まりません……」
 ぽたん、と涙の粒がルロイの頬に落ちる。
「シェリー……」
 ルロイは声をつまらせた。
「ルロイさん……」
 シェリーは青く透き通る瞳をうるませた。まじまじと見つめ合う。
「シェリー……!」
 ルロイは大きく息を吸い込んだ。手を回し、愛おしげにシェリーを抱き寄せる。
 荒々しい狼のキスがシェリーの唇をふさぐ。眼の中に互いが映り込んでいた。シェリーは声を奪われるがまま、頬を染め、おずおずと身をもたれかけさせた。
「大好きだよ、シェリー」
 ルロイは何度も唇を舐めた。呼吸が荒くなる。
「でも、お楽しみは明日の夜になってからだって言ったろ?」
 無意識に腰をまさぐろうとする手を、ぎごちなく押しとどめる。
「どうして……? どうして、今夜は……駄目なのですか……?」
「それは、ええと……」
 ルロイは居心地悪そうにうつむいた。納得させられる言葉を探し当てられず、もごもごと言葉を濁す。
「酔っぱらってるときに無理したら、ええと、身体に良くない……んじゃないかなあ……? とか?」
「ルロイさん……」
 シェリーは幸せの吐息を解き放った。涙に濡れた顔をルロイの胸に顔を埋める。
「ああ……!」
 ぬくもりを感じながら、うっとりと眼を閉じる。掴んだ服をくしゃくしゃになるまで握りしめる。
「どうしてルロイさんは……そんなに優しいんですか……優しすぎて、優しすぎて、わたし……」
 ぐすん、としゃくり上げる。
 その隙に、手がこそこそと下半身へと下がってゆく。
「……ん? 何だ、この手? いつの間に?」
 ぴたり、と股間で止まって。

「……ちーん♪」
 指で弾いた。

「はうあああああーーーーーー!?」
 ルロイは真っ赤な顔で悶絶した。眼を白黒させ、無防備な股間を手で押さえて庇う。
「どこ突っついてんだよーーーー!」
「えへへへ、ちーん♪ ちーん♪」
 シェリーは指でわっかを作り、声を上げて笑った。
 ルロイをまたいだまま、小悪魔みたいに微笑む。しどけなくずり落ちたレースのキャミソール。たくしあがった真っ白なドロワーズ。可愛らしいフリルに目が釘付けになる。
「うふふふ、おもしろーい♪」
 ぱちぱち手を叩いて、無邪気に腰を振ってはしゃぐ。
「って、ちょ、待って、そこで腰揺すっちゃだめ……酔っぱらいすぎだってば! ヤバいって、う、うわ、勃ってきた……!」
 ルロイは青ざめた。うめき声を押し殺す。
「えへー?」
 シェリーは腰を後ろにずらし、かくん、と首を横にかしげた。
 とろんととろけた眼をルロイの下半身へと近づける。
「あひゃひゃひゃーーー? 何か、こっつんこしますよう? こんにちわーしますかぁ? てへ? ウフフフ? もう一回ちーーん♪ さらにちーん♪♪」
「わ、ああ、わあっ!! ちーんはやめろ、ちーんはっ!」
「んんんーー?」
 シェリーは、ふと身をかがめた。背中を丸め、小難しい顔をして、ためつすがめつ、前から横から、じいーっと股間を眺めている。
「ちょっ、顔、近すぎ……!」
 シェリーは、小首をかしげて微笑んだ。きょとんと首をかしげる。手は、ジッパーの上。
「うふふふ……ルロイさんの毒リンゴ、食べちゃおうっか、な……?」
 舌をぺろりと出す。
「わあああああああ!?」
 ルロイは真っ赤な顔で声をうわずらせた。蜘蛛の巣にかかった獲物みたいに、じたばたともがく。
「く、く、食われる……!?」
「あーん☆」
 にんまりと笑った口が開く。
「くっ……!」
 ルロイは息をすくませた。
「ちょっと、マジ、待ってくれよ、シェリー、酔っぱらってるのは分かったけど、何でそんなに積極的なんだよ! 俺を襲って何になるんだ!?」
「何でって……うふふふふ……どうしてでしょうね?」
 不気味な微笑みが迫る。吐息が、ふ、とほそく吹きかけられる。
「うふふふふふふふ……? それはですねえ……? うふふふふふ……?」
 ルロイはびくりと身をすくませた。眼を瞑る。
「わ、ぁ、ぁぁ……もうだめだ……! ヤられる……っ!」