お月様にお願い! 番外編 恋の赤ずきんちゃん

月の民の王ロード・ネメド

 ドレスの裾が引き裂かれる。なよやかな腰の線があらわになった。真っ白な肌に爪が食い込む。
「いやっ……!」
 騒然とした気配が立ちこめる。おびえた鳥の群れが枝を蹴ってはばたいた。するどい警戒の声を残して飛び去ってゆく。
「やめてくださ……!」
「足を広げろ、”シェリー”」
 獰猛な微笑みがシェリーを凍り付かせた。長い狼の舌が、べろりと餓えた音を立てて首回りを舐めずる。剥き出しにされた太ももに虫酸が走った。
「”俺”を受け入れろ」
「ぁっ、やぁっ……ルロイさ……!」
「抗うな」
 食いしばろうとした歯列を割って、狼の舌が口内へ入り込んだ。からみつく。身体が、びくんと跳ねた。震え出す。
「まだ感じるか。よほど周到に教え込まれていると見える」
「う、う……!」
 濡れた音が呼吸を奪った。シェリーは半泣きで呻いた。あられもなくみだらにさらけ出された下腹に、狼の手がまさぐり入ってくる。
 頭が、真っ白になって。
 訳が分からない。
「ルロイさん……いったいどうして……!」
 ベルトの金具をはずす音が聞こえた。
「今宵は満月だ。交わればどうなるかはもう知っていよう」
 身の毛もよだつ笑い声が耳に忍び込んだ。声も出ない。
 手首を掴まれ、ねじり取られて強引に抱き寄せられる。身体が不如意に浮いた。持ち上げられ、揺すぶられる。
 川の濁流が発する音が変わった。耳を聾する瀑音が響く。地響きのようだった。水飛沫が、跳ね返る噴水のように吹き上がっている。
「そんな乱暴に、しないでくださ……!」
 恐怖にかられ、涙を浮かべて無意識にもがく。
「何を恐れることがある。愛しているのだろう、”俺”を? だったらおとなしく抱かれるがいい」
 酷薄な笑みが唇に押しつけられる。
「でも……あの……ううん……っ!」
 痛み。
 現実を直視できなくて、眼を必死につむって恐ろしさをやり過ごそうとする。
 こんなの。
 ルロイさんじゃ、ない──!
 優しさの微塵もないキスに唇を奪われる。無駄に熱を帯びた指。乱された着衣。乱れに乱れた、荒々しい吐息。
 スカートの裾をめくり上げられ、残った下着の切れ端をずり下ろされ、秘処をあらわにされ、はだけられ、押し開かれ、白日に晒される。
「同じことを、人間どもは俺たちに強制してきた」
 おそろしさに肌がぞっと粟立つ。
「そんな……」
 シェリーは身をよじった。とぎれとぎれの掠れ声を漏らす。
「人間どもが、我々をどのように扱ってきたか、知らぬ訳があるまい。生け捕りにされたのは牝や子どもばかりだ。檻に閉じこめられ、鎖で繋がれ、家畜のように売られ、逆らえばなすすべもなく殺され──その屈辱的な光景のなかに、」
 押し殺した声は氷のように重かった。
「……俺の弟もいたんだよ」
「ルロイさん……!」
 シェリーは苦しさから逃れようと喉をのけぞらせた。息を継ぎ、喘ぐ。
「そんなこと……聞いてません……!」
「聞いていなければ無実だとでも?」
 冷ややかな侮蔑の嘲弄が耳元をかすめた。鋭利な爪の先が、頬に浅く、ひりつくような憎悪の傷を付ける。
「確かにそのほうが人間どもにとっては都合が良いだろうな。自分たちが犯した罪を悔いもせずに、ただ和解だの共存だのという体の良い美辞麗句で飾り立ててしまえば、俺たちの苦しみもなかったことにできる」
 がらりと声の調子が変わる。冷酷なささやきが胸に突き刺さった。
「……笑わせるな。忘れられるわけがない。貴様が人間である限り、貴様の罪も消えぬ」
 地鳴りが聞こえた。折り重なって堆積した流木溜まりがめきめきと音を立ててふくれあがり、揺れ動いているように見えた。決壊寸前だ。
「だからって……!」
 シェリーは喘いだ。黒ずくめのルロイに半裸の腰を抱かれたまま、どうすることもできず、身をよじらせる。
「優しくされたいか?」
 ふと、声の色が変わった。冷酷な手のひらで頬を撫でさすられる。
「忘れさせてやろうか? その罪を」
 心の隙間にナイフを差し入れられたかのような冷たさが、ひた、と。涙に濡れた両頬に添えられた。

 音もなく戸が開く。
「シェリー!?」
 人の気配がした。反射的に振り返る。ルロイは相手の顔をよく確かめもせず、無我夢中で飛びついた。
「あああああ良かったぁ無事だったかシェリーーーーっ!」
 大人げなくも力いっぱい抱きしめてほおずりし、喜色いっぱいの尻尾をぶるんぶるん振り回しておっぱいに顔を埋める。気のせいかやたらむっちむちに固い筋肉質なおっぱいに思えたがこの際気にしない。
「あうううよかったあああ心配したんだぞシェリー! いったいどこに行ってたんだよ! 人食い熊にさらわれたのかと思ってそりゃあもう心配で心配で!」
 相手は悲鳴を上げて身をのけぞらせた。
「い、い、いつまで人の胸にむしゃぶりついてんのよ、このド変態ッ!」
 ルロイはぎくっとして鼻面を引っぺがした。強烈な反動に、ぼよよんと跳ね返される。
「わーーーっ何だこりゃあっ!?」
 シェリーの──
 真っ白でやわらかくてぷにんぷにんぽよよん、ほんわりと暖かくてちょっぴりあまずっぱく切なくみずみずしいむきたての桃みたいにぷるるんと揺れてとろけそうな感じがたまらなく清楚なエロいおっぱいとは全然、似ても似つかない、今にもガキンガキン牙を剥いて噛みついてきそうな肉食系のおっぱい! 眼を白黒させ、じたばたと這いつくばって逃げ出しかける。
「何だとは何よ失礼ね、このボケ狼!」
 ばちーーん! と凄い勢いで平手打ちされる。ルロイは吹っ飛ばされて壁にぶつかった。頭からもんどり打つ。
「あ痛ってえっ! ってコラ!」
 真っ赤に腫れ上がったたほっぺたをおさえ、バネのように勢いを付けて反り返り、跳ね起きる。
「てめえ、何者だ! 余所ん家にずかずか上がり込んできて家主にビンタするたあ、しゃらくせえ! 表に出ろ! って」
 腕まくりして猛然と相手に殴りかかったつもりが、つんのめって立ち止まる。侵入者は片腕で胸を隠し、頬を怒りと恥ずかしさで真っ赤に紅潮させたシルヴィだった。
「シルヴィ? あれっ? 何でお前がここに」
「飛びつく前にせめて相手の顔ぐらい見なさいよね、このド馬鹿狼!」
 シルヴィは眼を怒りにうるませて怒鳴った。
「アホなの? 馬鹿なの? 何をどうやったらあたしとあのひつじ娘とを見間違うってのよ」
 半分はみ出した胸を胴着の下へと詰め込み直しながらルロイをげしげし蹴りつける。
「ぎゃあっ痛えっ! って、そっちがいきなり後ろから忍び寄って来るのが悪いんだろうが! というかそんなこたあどうでもいい」
 ルロイはあたふたと泡を食ってシルヴィにすがりついた。
「なあシルヴィ、シェリーがどこに行ったか知らないか? どこにもいねえんだよ! 家の中はこの通り、しっちゃかめっちゃかだし」
 シルヴィはきっと尖った眉を吊り上げた。藁をも掴む思いですがりつくルロイの手を、茶色の尻尾で邪険に払いのける。
「触んないでよ。”人間に飼われた犬”の分際で」
「えっ……」
 尻尾で打たれた頬の痛みとは別の痛みが胸をちくりとさせる。ルロイは目を鋭くさせた。
「その言いぐさは」
 不穏に低く唸る。記憶の底に封じ込めていた言葉がよみがえった。鏡の向こうから吐き捨てられた言葉。
「まさか、てめえ……」
「言いがかりをつけるのは、ちゃんと話を聞いてからにしてちょうだい。ふん、何よ、せっかくの発情期だってのにあたしの魅力に気づきもしないなんて、まったくもうどいつもこいつも」
 シルヴィは肩にかかった髪の毛を払った。いらいらと組んだ腕を指先で叩きつつ、ふん、と鼻を鳴らす。
 ルロイは押し黙った。推し量る目つきでシルヴィを睨む。
「どういうことだ」
 拳を握りしめる。シルヴィは用心深く眼をほそめた。
「つまんない質問で話を長引かせたりしてていいの? 知らないわよ、どうなっても」
「何だよ、まさかシェリーのことじゃねえだろうな」
 おそるおそる尋ねる。シルヴィはわざと聞き流す振りをして、鼻先でいなした。含みのある眼を床の新聞へと向ける。
「あんた、それ、読めるんでしょ」
 ルロイは声を呑んだ。素知らぬ顔で平静を保ったつもりが、尻尾の毛がざわざわと威嚇まじりに逆立ってゆくのを抑えきれない。動揺を見抜いたのか、シルヴィは手をひらひらと泳がせた。余裕を交えた仕草で話を続ける。
「アホの子のあんたが、いつの間に人間の字なんて覚えたの。長老さまの下で勉強してたグリーズならまだしも」
 ルロイは無言でシルヴィを睨み付けた。じりじりと足の位置を滑らせて、体勢を整える。シルヴィはこわばった表情で顎をそらした。
「答えたくないなら別にいいわ。あんたも字が読めるって分かっただけでこっちは充分」
 冷ややかな一瞥をくれる。
「何て書いてあったか教えなさい」
 ルロイは低く唸った。
「……シェリーをどこへやった」
「答えてもらうほうが先」
「言え。いくらお前でも容赦しねえぞ」
 胸ぐらを掴んで荒々しくつるし上げる。シルヴィは揺すぶられるがままに強がった笑みを浮かべた。
「あたしをぶっ飛ばしてる暇なんてあるの? 焦ってるのはあんたであって、あたしじゃないのに」
「うるせえ、そっちが先だ。言え。さもないと本気でぶっ飛ばす」
 内心怖じ気づきながらも、腹の底を悟られまいとして敢えて獰猛に声を凄ませる。
「できないくせに」
 シルヴィはそっけなく言って、胸ぐらを掴むルロイの手を払いのけた。顔をそむけ、誰にともなく小さく吐き捨てる。
「……ばっかじゃないの? いくら顔が似てるったって、あんたとあいつが全然違うってことぐらい実際に顔見ればすぐに分かるわよ」
 表情をかき消して、腰に手を当てる。シルヴィは冷ややかにルロイを睨み付けた。
「実はすごく焦ってんでしょ? もう一刻の猶予もないってことも分かってんでしょ? 今にもシェリーが大変なことになってるんじゃないかと心配なんでしょ? だったら早く言いなさいよ」
 シルヴィはなじるようにするどく畳み掛けた。
「あの紙は何なの? 何て書いてあったの? 人間のくせにバルバロとずっと一緒に暮らしてるなんて、どう考えたっておかしいじゃない。何を隠してるの? あの子は一体、何者なの?」
 シルヴィは強気の表情を取り戻してルロイを突き放した。立て続けに質問する。
 ルロイは図星を突かれ、ためらった。シルヴィの真意を測りかねて口ごもる。
「……シェリーの正体なんて知ってどうするつもりだ」
「あたしにだってプライドの一つや二つぐらいあるの」
 シルヴィは腰に手を当て、肩をそびやかせた。朝日を背にして立ちはだかり、勝ち誇った声音で言い放つ。表情は陰になって見えない。
「これ以上訳の分からないことで振り回されるのは真っ平御免よ」
 切羽詰まった笑みが口の端をかすかによぎった。

「お前が自分の罪を認めさえすれば、な」
 背中に氷を押し当てられたような気がした。声を呑む。
「ルロイさん……」
 悲しみとで心がはりさけそうだった。心が、身体が、ルロイに憎まれる恐怖から逃げ出そうとして悲鳴を上げる。
 愛憎にゆらぐ瞳が、シェリーを見下ろしている。残酷な指が、真綿のように喉を締め上げた。
「人間は薄汚い生き物だ。敵でありながら俺を利用し、強いと見れば媚びて、隙あらば互いに殺し合わせようとする。お前も、その身体で牡を絡め取ってきたのだろう。今まで何人のベッドに潜り込んだ?」
 容赦ない甘い笑みを浮かべて。
 男の声が。
 入り込んでくる。
 身体の、中に。耳の、奥に。意識の、扉をこじ開けて。
 強引に、入ってくる──
「ぁ、あ……痛……あっ……!」
 恐ろしさと、惑乱のあまり。
 シェリーは男を振り払おうとした。信じていたものが崩れていく恐怖に、呻き声を上げてもがく。
「うそ、いやだ、ルロイさんやめて……!」
「二度とその名を呼ぶな。バルバロと人間は永遠の敵だ。貴様らがバルバロを奴隷にしたように、我らもまた人間を家畜とし、狩り集めて奴隷とする。その手始めとして”シェリー”、まずは貴様を」
 唇が吊り上がる。
「血祭りに上げる」
 首筋に牙が食い込んだ。
「痛……っ!」
 したたるしずくを舌で受けて、舐めずられる。
「極上の味だな。夢中になるのも当然か」
 口の端からあふれる血をぬぐいもせず、覆い被さるようにして口づけられる。血の匂いのするキスが唇を噛んだ。血の味がした。
 ルロイに嫌われる。
 ルロイに憎まれる。
 ルロイに。ルロイに。ルロイに──
 涙が浮かぶ。シェリーはおそろしさに自制心を失いかけた。
「味わうがいい。己の罪の苦さをな」
「ルロイ……さん……」
 シェリーは呆然と眼を見開いた。自分を犯そうとする男を見上げる。そこにあったのは、憎悪に燃える痛ましい瞳だった。葛藤を投げ捨て、悪を正当化し、罪こそが正義だと確信した復讐のまなざし。
 ようやく、自らの過ちを理解する。
「ちがう……」
 声が震え出す。どうして、もっと早く気が付かなかったのだろう……!
「何が」
 反応が変わったと気付いたのか。男が薄く笑う。
「あなたは、ルロイさんじゃない!」
 シェリーは圧倒的な恐怖をはねのけた。涙に濡れた眼で、相手をきっと睨みつける。
「いくらルロイさんそっくりでも、あなたはわたしの知ってる優しいルロイさんではありません」
「だったらどうした」
 男はこぶしで自分の唇についた血をぬぐった。からかうような横目でシェリーを見やる。
「いったい何者なのです。名を名乗りなさい。わたしから手を離して!」
 ぞっとする冷笑が男の目に浮かんだ。
「ほんの少し遅かったな。気付くのが」
「あっ……!」
 逃れる間もなかった。あっけなく手首をねじり上げられ、取り押さえられる。
「そんなにルロイが好きか。人間に飼われた犬、人間の女を抱かされて腰抜けにされバルバロを裏切った無様な犬、牙を折られた哀れな犬が。月の民の王ロード・ネメドの一族として生まれながら奴隷の身に堕落し、人間に隷属する生き方しか知らぬ愚か者が」
 ぞっとするささやきが耳に吹き込まれる。
「違う、違います。ルロイさんは、そんなひとじゃない……!」
「人間ごときが、その名を口にするな」
 漆黒の眼が底冷えのする憎悪に揺れ動いた。ぎらりと冷たく燃える。
「奴はもう、人間の奴隷などではない。王族として種族存亡の戦いに身を投じる義務がある。死んでいった仲間の無念に背を向け、自分一人だけのうのうと生き長らえるなど、許されるわけがないのだ。分かったら消えろ。これは警告だ。貴様がいては、奴は、戦士には戻れん。二度と弟の前に現れるな」
 アドルファーは表情を消してシェリーの首を絞め上げた。シェリーは弱々しい力で喉を絞める手を押しのけようとした。
「やだ、いやだ……離れたくない……ルロイ……さ……」
 だが、どんなに抗ってもびくともしない。鉄の輪が食い込んでくるかのようだった。喉が潰れて、息もできない。
「逆らえば、裏切り者として処刑する」
 シェリーはかすむ目でアドルファーを追った。息も絶え絶えになりながら、必死に手を伸ばす。指の先が、喉を絞め上げるアドルファーの手首にたどり着いた。すがるように掴む。
「どんなに脅されたって嫌……ずっとルロイさんと、一緒にいるって誓っ……」
「どうやら勘違いしているようだな」
 喉を絞め上げる力がゆるんだ。残忍な笑みが見下ろしている。
「誰が、”貴様”を殺すと言った?」
 つめたい指先が頬を撫で上げる。死神の声のようだった。シェリーは息を呑んだ。身体が凍り付く。
 ふいに山が割れたような音が聞こえた。一瞬の間をおいて雪煙が吹き付ける。アドルファーの顔色が変わった。
「何だ、この音は」
 視線が逸れている。シェリーはとっさに顔を上げた。今のうちだ。
「っ……!」
 アドルファーを突き飛ばし身をひるがえす。
「そっちは……くな、危な……!」
 怒鳴り声が地鳴りにかき消される。かまわずに半ば脱げたスカートをからげ、尖った石のころがる河原を駆け抜ける。岩に足をとられた。転倒する。足に激痛が走った。
「……痛っ!」
 足首を押さえる。立ち上がれない。身体を支えることもできない。顔をゆがめ、岩に挟まった足を両手で掴んで引き抜こうとする。
「抜けない……!」
 細い隙間に足首が挟まって、どうやっても抜けない。
「早く、逃げなきゃ……」
 その間にもますます地鳴りは大きく、近く、鳴動する間隔が短く狭まってくる。山全体が揺れ動いている。
 上流で堆積していた土砂の堰に、山腹から真っ白な塊が崩れ落ちようとしていた。泥水があふれる。堰の縁が切れる。
 アドルファーが駆け寄って来ようとした。
「何をしている。早くそこを離れろ。雪崩が来るぞ」
「近づかないで」
 シェリーは涙でいっぱいになった眼をアドルファーへと向けた。
「あなたなんかに助けられたくない!」
 アドルファーは返す言葉もなくつんのめった。唖然として立ちつくす。
「そんなことを言っている場合では……」
 きん、と耳の奥に音がつまったような気がした。耳が一瞬、遠くなる。空気の圧に押されたかのようだった。
「あれは……」
 息が凍り付く。
 岩と土砂を飲み込んだ雪の塊が水しぶきを上げて落下した。
 流木の積み重なった堰から、せせり出すかのように水が噴出している。噴水は滝になり、すぐに地滑りを起こした。堰が崩壊する。
 迫り来る壁が、轟音が、水しぶきを散らして崩れ落ちてくる。
「ルロイさん……!」
 悲鳴が突風に吹き飛ばされる。氷より冷たい地響きが河原を押し流す。白い泥流に飲み込まれる。
 目の前が泡立つ闇に変わった。