9 もっと恥知らずなことを……したいのです(最終回)

 ベッドに膝をついたまま、後ろから身体を反らすように起こされ、不安定な中座の姿勢でぐらぐらと揺らされる。かろうじて片手でソファの背を掴み、クッションへ倒れ込むのを支えようとした、その後ろから――
「はぁ……ぁっ……ゃあ……!」
 濡れた指が、背後から下半身へと回り込んでくる。
 ぐい、と抱きすくめられ、後ろから、掌で顔全体に目隠しをされて。
 一方の手は、下腹部を這っている。
「ぁ、あ、ひぅっ……う!」
 悲鳴じみた喘ぎを、猿ぐつわのようなアリストラムの手にふさがれる。
 眼を隠され、指を、くわえさせられ。
 歯を立てるわけにもゆかず、舌で、アリストラムの指を強制的に舐め、れろり、と愛撫させられて。
「ぅ、あ……ぇぅ……っ」
 口の端からしたたるものと、ラウ自身の身体から洩れあふれる、とろっとした蜜の滴りとをそれぞれ愛欲の指にすくわれて。
 肉と、肉で、つながったまま。
 いちばん感じる――後ろから回された手に、敏感な花芽の尖芯を、それこそ剥き出しにされて。
 耳に、吐息を吹き込まれ。
 穴という、穴を。
 快感という、快感を。
 転がされ、ぬるり、ぬらりと、煽り、くすぐられ、広げられ、こすられて。
 くちゅん、ぷちゅん、ぬらぬら、くにゅり、もてあそばれて。
「あ、ぅ、ひうっ……ううん、ぅんっ……ゃあんっ……あ……!」
 縛られたまま、繋がった腰が踊る。
 痙攣する。
 快楽に嬲られる身体を這う指のせつなさに――
 狂わされてゆく。
 アリストラムの熱情に深くつらぬかれ、押し広げられてゆく身体を、自ら揺すりたて、あえがせ、ひくつかせて。
「あ、っ……」
 鎖の音が鳴る。
 愛に、おぼれる。
「……ぁんっ……!」
 眼をふさがれ、口に指を差し入れられて。
 理性も、自由も、奪われて。
 自分から腰を振る。
 胸を淫乱に揺らしふるわせて、突き上げる快楽に身悶え、悲鳴を洩らし、したたる蜜を洩らし、何もかもを濡らし、ぐちゅぐちゅに濡らされて。
 甘い闇の底まで一気にとろけ落ちてゆく。
「あう、ぅぅん……ぅう……!」
 なのに。
 ふいに、身体をうずめていた熱が、いまにもはずれそうなほど抜きとられかけた。
「ゃぁ、ん……っ」
 満たされきった快感の波が一気に消えてゆく感覚に、ラウは頑是なく身体をよじらせた。
「やめ……ないで……」
 大きく、アリストラムが息を継ぐのが聞こえた。
 焦らされる、のを――
 怖れる余裕さえ、なかった。
 上から押し倒され、身体ごと深く、アリストラム自身に貫かれる。
 後ろ抱きに抱かれ、ゆさぶられ、腰を使われ、さらに、もっと激しく突き上げられる。
 突き上げた尻に深く打ち付けられる。
 汗ばんでなまめく肌が、ぽってりと赤く、上気している。
「ぁんっ、あっ、あぁ……気持ち……ひっ……いい……いい、ぁ、あうん……好き、すごい……ううん……っ!」
 押さえつけられた乳房が、ぶらんぶらんと水があふれそうに揺れ、尻尾が高く揺れ、声が洩れた。
 金属の音が鳴り渡る。底が抜けたかのような快感が身体の裡を、外を、支配してゆく。
 涙がにじむ。
 声がかすれる。
 思わず噛みついたクッションから、羽毛が吹き出す。
「あ、ぁっ……ひぁ……! こわ、れちゃう……!」
 声も、快楽も、もう、止まらない。
 喘ぐたび、身をよじってよがるたびに、ベッドにも空中にも、純白の羽が乱れ舞い、激しく、狂おしく降り積もってゆく。
 汗と、甘い蜜と、涙に濡れた頬に、羽が白く貼り付く。
 それに気づきもせず――
「ぁっ……好き……!」
 激しい息づかいと愛欲に濡れ、真っ白な羽根にうずもれ、互いの身体と身体の繋がった部分の、その熱、その欲情、その声だけをむさぼり、呑み込み、身を任せ、溶け合い、ゆだねあってゆく。
「……ぅ……うぅんっ……もっとして、きもち……いいの……ん……ぁっ、あっ……
 鎖の音と同じような響きが、頭の中を埋め尽くしてゆく。
 荒々しい吐息が、肌をなぶり続ける。
「あ、ありす、好き、好き……すき……ぁ……うん……!」
 極まった、遠吠えにも似た悲鳴が、長々と喉をふるわせる。
「ああ……うぅううん……吠えちゃう……どうしよ……ぅぅん……うんっ、もうだめ……っ、ぁん、んっ、きもちいいの、いいの、ごめん、止まんな……い……っ!」
 尻尾を振り立てて、身をよじる。身体の奥が、きゅううう、とめくるめく強さで引き絞られてゆくような気がした。
「私も好きです、ラウ。貴女が本当に、好きで、好きで、たまらない」
 と、同時に、思いもよらないところから何か水のようなものがあふれ、とめどなくこぼれて、そこら中に伝い落ちた。
「きもちいいよぅ……いいの……ぁ、あ……あっ……ありす……だいすき……すき……!」
「もっと言ってください。もっと呼んでください、ラウ、ラウ……私のラウ……!」
 惑乱にも似た熱い感覚が、身体の奥から駆け上がってくる。熱い。熱い――
「ぁっ……あ……いっちゃう……いっちゃう……いい……!?」
「我慢しないで」
「ぁ、あん、うううんっ……ううっ……!」
 快楽そのものが飛沫に変わってしまったかのようだった。
 うわずった蒸気が全身から吹き出す。
 悲鳴だか、きらめきだか分からないぐらいに気持ちいい喘ぎ声が尾を引く。
「ぅ、ううんっ……ぁぁ……!」
 ほんとうに、何が何だか、わからないぐらい、すごい、気持ちいい……!
 全身が、がくがくとふるえ、しびれて、砕ける。
「ラウ」
 耳元でアリストラムが、呻く。乱れる息を押し殺し、呆然と――長い、撃ち尽くしたような吐息をもらす。
「……ああ」
 身体の中に、どろっ、と熱い欲情が射精される。
 熱が、広がる。
 アリストラムは、脱力したようすで動きを止めた。
 その声色にまた、ぞくっ、と、身体の奥がふるえる。
 切なく息をはずませながら、ラウはぐったりと倒れ込もうとした。アリストラムが手を伸ばし、そっと抱き支える。
 心も、身体も、まだ……しっかりと繋がっている……
 少し、身じろぎする。
 とろり、と、身体の中から何かがこぼれ、したたりおちた。
「ぁ……」
「ありがとう、ラウ」
 優しいキスが、ラウの吐息をふさぐ。
 眩暈がしそうだった。どんな欲望よりも、どんな快楽よりも、ずっと……きもちいい……。
 アリストラムは、指先で首輪と手かせをはずした。
 身体が自由になる。
 それでも、ラウは動かなかった。
 あったかい……
 ずっと、こうしていたい――
 肌を寄せ合って、触れあっているだけで。
 しっかりと寄り添い、抱き合っているだけで、心が安らぐ。お互いの腕の中にこそ、ぬくもりが、自分の居場所があると分かる。ためいきが、こぼれた。
「……いつからでしょうね……貴女のことを、こんなに大切だと……思うようになったのは」
 薄闇にアリストラムの熱い吐息が乱れ、散る。その目元に、ラウが破ったクッションの小さな羽が一枚、くっついていた。
「ずっと、私にとって、貴女は『小さくて可愛い私のラウ』、だったのに。今は……こんなにも……貴女が愛しい」
 ラウは鼻面をこすり寄せ、ついばむように唇でちょん、と羽根をくわえ、ふっと息を吹いて払った。
 その羽が、ふわふわと飛んで、今度はラウの鼻の頭にちょこんと乗る。
 ラウはくしゅん、とくしゃみをした。鼻がもぞもぞする。くしゃみが止まらない。もうひとつ、くしゅん。アリストラムが指先で払いのけてくれるまで、もぞもぞとくしゃみは続いた。
 ようやくくしゃみが止まると、なぜか急に笑いそうになって、ラウは尻尾をぱたぱたとさせた。
「いつからって。あたしは……その……最初からアリスが好きだったよ!?」
「そうでしたか?」
 アリストラムは声を低くさせて苦笑いした。耳元をかすめる心地よい声に、ラウは、また、ぶるっと身体をふるわせた。
「ずいぶん背伸びしたことを言いますね。以前の貴女は、やたらと手のかかるやんちゃな狼っ子でしたよ?」
 ラウはじたばたした。
「そ、それはそうかもしれないけどさ、アリスがいじわるばっかり言ってからかうから!」
「すみません。それは悪いことをしました」
 掌が、包み込むようにラウの頬を伝った。
「でも、今なら、分かります」
 微笑みが近づいた。
「たぶん……貴女が貴女自身だと――ゾーイの身代わりなんかじゃないって分かったときでしょうね」
 アリストラムはゆっくりとラウの髪を撫でながら、遠い微笑みを浮かべた。
「私がずっと、犯した罪の影だと思って逃げ回っていたものは、本当は、私を闇から連れ出しに来てくれた貴女の優しさだった。逆に、消えゆくゾーイの幻だと思って必死に追いすがったのは、私の手を離れ、大人になっていく貴女の本当の姿だった」
 ラウは、アリストラムの眼を見つめた。
 かすかに、揺れている。それはもしかしたら涙のせいかもしれなかったし、反対に微笑みのせいかもしれなかった。
「ゾーイのことは、これからもずっと忘れられないでしょう。でも、今は、ゾーイよりもずっと貴女を愛している。自分でも勝手だと思います。ゾーイにも貴女にひどいことを言っている、と」
 苦い過去も。
 辛い記憶も。
 簡単に消えない。
 もしかしたら、ゾーイを喪ったという記憶は、ずっとアリストラムの胸にわだかまって一生消えないかもしれない。
 でも、それでもかまわなかった。
 自分たちは、今を、一緒に生きている。
 きっと、これからも、一緒に生きてゆく。
 過去を捨てさせる必要なんかない。相手のすべてを求めることだけが、好き、という気持ちのやることじゃない。どこかにやましさを隠していても良い。心の傷を隠していてもいい。完璧な人間なんてこの世にはいない。
 だから、傍にいてくれるだけでいい。その傷を、癒してあげられるだけでいい。ぎゅっ、てしてくれるだけでいい。そうしたら、きっと、優しくなれる。
 ただ、そばに、いられたら。
 それが、しあわせ。
 これからも二人で一緒に生きてゆけたら。
 それが、しあわせ。
 悲しい過去もいつかは溶けて、心を満たす優しい水になる。
「うん、それでいいよ」
 ラウは身をゆだねた。アリストラムの胸に顔を埋める。
「その代わり、ずっと……好きって言って。あたしが好きって言ったら、アリスもちゃんと好きって言ってよ?」
「神に誓って」
 アリストラムは、ほうっと安堵の微笑みをこぼした。
 指を鳴らし、何もない空間から銀のカギを呼び寄せる。
 手に落ちてきたカギを、ことり、と音をさせて傍らのテーブルへと置く。
 聖銀のカギ。ずっと――ラウを、あるいはアリストラム自身を縛っていた戒めの首輪。その、カギを、手放す。
 何気ない言葉。
 何気ない仕草。
 すべてが、たったひとつの真実を、こんなにも雄弁に伝えてくれる。
 ラウは尻尾を振ってアリストラムの首根っこにかじりついた。
「じゃ、さっそく続きしよ? ちゅってして、ちゅっ!」
「はい、ちゅっ。こうですか?」
「もう一回!」
 明るい笑い声が響き、自由奔放に重なり合う。
 二人の足に押しのけられたテーブルから、役目を終えた銀のカギが蹴っ飛ばされて落ちる。
「では、こんな感じで。ちゅっ?」
「ううん、えろかっこよさが足りない! もっともっと!」
「承知いたしました。では、お望み通りに」
 くんずほぐれつでからまり合って、笑う。
「えっ? ん……あっ……? そうじゃなくて……ぁっ……?」
「もっとエロくしろと言ったのは貴女のほうですよ」
「やぁ……んっ、ぁっ、あ、アリス、聖神官がエロいとか言っちゃダメ……」
「すみませんねエロ神官で」
「ぁぁ、んっ……! そこ自分で認めちゃうの……!」
「ほら、服従の姿勢」
「きゅう……ん」
 ラウは無意識に身をのけぞらせ、おなかを見せて、伸びやかな裸身を見てもらおうと身をくねらせた。甘えた尻尾が、ぱたぱたと動いている。
「ぁ……」
 自分の取った体勢の意味に、はっ、と気づいて、頬を赤らめる。
「あれっ、あたし、何やって……!?」
「可愛いですね」
 アリストラムがにこにこと覆い被さってくる。
「ええっ……!?」
「はい服従の姿勢」
「きゅうんっ! って、あれっ……!?」
 抱き合う二人を尻目に、銀のカギはベッドの下へと転がってゆき。
 キラリ、白く光って見えなくなった。

【おわり】

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さいごまでお読みくださいましてありがとうございました。短い物語ですが、お気に召して頂ければ幸いです。
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