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ルロイと、手をつないで。
夜の森を少しあるくと、さらさらと水の流れ出る音が聞こえてきた。暗く視界を遮っていた森が次第にまばらになり、左右に開ける。川面が見えた。青い月の色が反射している。
「ここだ」
「……きれい」
岩場から流れ出る川の源流が、ちいさな泉を作っていた。こんこんとわき出る水が月を映してきらめいている。
「じゃ、俺、向こうで待ってるから」
「はい」
シェリーはわずかに顔を赤らめてうなずいた。
村のバルバロたちから借りた毛皮の服を脱ぎ、きちんとたたんで、泉のふちの岩の上へと置く。
水の傍に屈み込んで、手でかるく水をすくってみる。ひやりと冷たい。
しばらく手のひらの水を見つめ、さえざえと月の映る水面と見比べて、ためらう。シェリーは意を決した。ぱしゃ、と自分の肩に水をかけてみる。
「きゃ……!」
思いも寄らない冷たさに、声が裏返った。
「大丈夫か?」
岩陰の向こうからルロイの声が響く。シェリーは笑って答えた。
「ちょっと冷たかっただけです。大丈夫です」
「うん」
ルロイがすぐ傍にいてくれると思うと、やはり安心だった。
「ねえ、ルロイさん」
「何だ」
「背中、洗ってくださいませんか」
「な、何言ってんだ、自分でやれっ」
頭ごなしに叱られる。シェリーはしょんぼりと肩を落とした。顔を伏せて、揺れる水面に映る自分の顔を見つめる。
「そうですね、ごめんなさい……」
「べ、別に怒ってるわけじゃないからな?」
「……はい」
気を取り直して、おずおずと笑う。身体を泉に沈めると、ちゃぷん、とかろやかな水音が夜空に跳ねた。
「ああ、気持ちいい……!」
顔を洗い、髪を洗って、身体中の汚れを落としたあと、ぱしゃぱしゃと泉に遊ぶ。
「シェリー……おまえ、何ノンキに遊んでんだよ……」
苦々しく笑うルロイの声がした。
「えへへ、ごめんなさい。あんまり嬉しかったものだから」
シェリーはルロイの傍へ行こうと思って泉から駆け上がった。
「水浴びできるなんて夢にも思っていませんでしたから」
「もういいか?」
「はい」
「よし」
ルロイが身を起こす気配が聞こえた。
「じゃ、そろそろ帰るか……って、わあっ!?」
「?」
シェリーはまだ何一つ身につけていなかった。ルロイは身をのけぞらせて目をそらした。
「は、は、早く服着ろよ……!」
「はい?」
鼻を押さえ、ふがふがと右往左往している。なぜそんなにも動揺されるのか、さっぱり分からない。
シェリーはきょとんと小首をかしげた。
「どうかなさったのですか……?」
「い、い、いや、別にっ……服着たか!?」
「今からですけれど」
「分かった!」
「……ヘンなの」
「ぐっ……!」
シェリーは首をひねりながら、脱いだ服に手を伸ばした。
と、急に風が吹いてきた。せっかく借りた服が泉に飛ばされる。
「きゃっ……!」
「どうした!? わあっ!」
「服が……!」
あわてて取りに行こうとする。
「ま、待て、俺が取ってきてやるから」
ルロイが上着とブーツを脱ぎ捨て、シェリーを追いかけて泉へと飛び込んでくる。
「そっちだ!」
「届きません!」
「手を伸ばせってば!」
「だから、流れてっちゃうんですって……!」
下流へと流されそうになっていた服を、二人で歓声を上げながら追いかけ、水しぶきをまき散らして走り回る。
「よし、きたぞ、掴まえた!」
ルロイが半ば倒れ込みながら手を伸ばして服を掴む。
全身びしょ濡れになりながら、風に飛ばされた服を拾い上げる。
だが、せっかく掴まえたのはいいが――
完全に濡れてしまって、すぐに着られそうになかった。
「あーあ、びしょびしょだな……」
「ごめんなさい……」
シェリーは謝った。
「ルロイさんまで濡れてしまって」
「俺はいいよ。適当に絞って乾かしておけばいいからな」
「はい……くしゅん」
「風邪引くぞ?」
「大丈夫で……くしゅん」
「マジで風邪引きそうだな」
「あの、大丈夫です、ごめんなさい……」
「火を起こそう。焚き火に当たれば暖まる」
ルロイはそう言うと手早く石を叩いて火を起こし、枯れ草から木ぎれに火を移した。岩を丸い円の形に積み上げてかまど代わりにし、風の通りが良いように太い枝を交互にたてかける。
「ここに座って」
ルロイは上着を地面に敷いた。臆して後ずさるシェリーの手を取り、座らせる。
「あの……」
強く燃え始めた火が、ぱちぱちと音を立てた。心落ち着く炎の色が、夜の森と、揺れる水面と、見つめる二人の顔を暖かみのある色に染めている。
「ルロイさん」
シェリーはなかなか火に当たろうとしないルロイをおずおずと見上げた。
「一緒に火に当たりませんか……?」
ルロイは濡れたズボンを脱いでいるところだった。ぎゅっと絞った勢いでだらだらと水を滴らせて、苦笑いする。
「俺は、別にいいよ」
「いいえ」
シェリーはルロイの手を掴んだ。すがるようにして、ぎゅっと握る。ぬくもりが伝わった。
「暖まってください……お願いします」
「寒いか?」
「……大丈夫です」
シェリーの身体はすっかり冷え切っている。震えの止まらない身体を、ルロイは引き寄せた。
「ぁっ……」
「ごめん……でも、少しでもこうして暖めあったほうがいいと思って」
「……はい……」
全身で、すっぽりとシェリーの身体を抱き包むようにして火の前に座っている。
「暖かい……です」
シェリーは、なおいっそうルロイのぬくもりに触れようと、身体を動かした。
「ルロイさん……寒くないですか……?」
「お、おれは、別に全然寒くない」
ルロイは強がりを言った。
「バルバロは人間みたいに弱くない」
「そんなこと……」
シェリーはうつむいた。
「バルバロも、人間も……同じだと思います」
「違う」
「でも」
シェリーは濡れた眼をルロイへと向けた。
「言葉だって通じる。姿形だってほとんど同じです」
「それでもバルバロはバルバロだ」
ルロイは少しでも自分の体温をシェリーへと移そうとして、やわらかな身体を引き寄せた。
全身でシェリーを包み込む。
「ぁ……」
「お前さあ」
ルロイはふと腕の中のシェリーに訊ねた。
「人間のくせに、何で一人で森にいたんだ」
シェリーは答えなかった。
ルロイは夜空を見上げた。ちゃぷん、と泉のどこかで魚の跳ねる音がする。
「人間はバルバロとは違う。人間は群れの生き物だ。決して一人では暮らせない」
「バルバロのみなさんも同じだと思います」
「俺たちは狼だ。自分で狩りできなくて食えなくなったじじばばやガキどもを村で養ったほうが楽だからそうしてるだけで、てめえが食うだけでいいなら一人ぼっちのほうがいい」
「別に、好きで一人でいたわけじゃ」
言いかけてシェリーは口をつぐんだ。心の奥底で揺らめき立とうとする寒気を押し殺す。
「でも、今は一人じゃありません。よね?」
首をひねって、肩越しにルロイへ微笑みかける。ルロイは頬をあからめた。あたふたと狼狽える。
「そ、そういう意味で言ったんじゃねえよ。何いきなりわけわかんねえこと言い出してんだよ、俺は、別に、そんなことを聞きたかったわけじゃ……」
急に力が入って強く抱かれたせいか、シェリーはわずかに身体をよじらせた。
「あ、あっ……」
「え?」
「ルロイさんの……手が……!」
「苦しかったか、ご、ごめん」
「そうじゃ……なくって……ぁっ……ん……」
「えっ……ど、ど、どうした……?」
「あ、あの……」
シェリーは、恥ずかしげに身体をくねらせた。
「腰に……手が……当たって……」
「わあっ!」
ルロイはシェリーの胸を背後から掴んだまま、あたふたともがいた。
「手? おかしいな。手はこっちにあるのに……って。わああまたかーーーっ!! って股じゃねーから! 違う、お、お、俺、いつの間にっ!」
「あっ、……ちょっと……ごめんなさい……当たって、痛いので……少し動かしてもいいですか……!」
「わあっ待て触るなっ、あっ……う……!」
「でも、ごめんなさい、この骨みたいなの……凄く……固くって……」
「う……う、動かすなって……俺自分でするから……!」
「あ……っ!」
シェリーは、身体をのけぞらせた。
ルロイの指が、シェリーの胸の先の、つん、と尖ったところに、触れるたび。
「あ、あっ……!」
「わ、あっ、また……! だから動かなきゃいいって言ってんだろ、何でいちいち……わ、あっ、だから振るなって……!」
「でもっ……ぁっ……どうしても……こうなっちゃう……んで……ぁ、あんっ……」
「あっ!」
「……ぁ……」
吐息が、重なった。
「やば……っ!」
「ルロイ……さ……」
あわてて押しのけようとしたルロイの手に、乳房を鷲掴みにされて、背後から、潰されそうな力で揉みしだかれる。
「ぁ、あっ、あん、胸……気持ち……いい……!」
「わあっ! もっと入っちまった……って、ちょっと、うわ、あっ、そ、そんな動くなって……!」
「あんっ、あっ、もっと……優しく……触って……あっ、あっ……!」
「シェリー……!」
ルロイの声に、熱情が混じった。
「あんまり……そういうことされると、俺……いいかげん……発情しそうなんだけど……!」
「は、発情って……なんですか……?」
「もう……限界……なんだけど……!」
「ごめんなさい……分からない……!」
ルロイの息が、荒くなった。
「要するに……雌の……ことが……欲しくて……欲しくて……完全に抑えが効かなくなる状態……ってこと……!」
「ぁっ、あっ……!」
ルロイの腰が、ぐい、と突き上げられる。
「発情期に入っちまったら……一日中……下手したら一週間ぐらい、ずっと……こうなっちまうんだ……だから、注意して雌の匂いを……かがないようにしないと……いけないんだけど……!」
「ぁんっ……!」
「悪い」
ふと、ルロイの声に冷ややかな笑みが混じった。
「もう、遅いみたいだ」