" お月様
お月様にお願い! 

1 お月様にお願い!

「実は、さ……あの……言いにくいんだけど……」
「い、いいんです! わたし、助けていただいただけで、ほんとに有り難いと思ってますから……」
「いや、だから、そうじゃなくてさ」
 ルロイは、頭をこりこりと掻いた。
「発情期……次の満月までなんだけど」

「えっ」

 シェリーは、眼をぱちくりさせた。
「えっ? 今、何て……?」
「次の満月まで発情期なの」
「……」
「要するに、まるまる一ヶ月はずっとこの状態だってこと」
「……えええええっ!?」
 シェリーは、かああっ……と顔を赤くさせてうつむいた。
「ぇっ、うそ、今夜は満月ですよ? だから、今日で終わるんじゃ……ないんですかっ?」
「そう。だから来月までずっと勃ちっぱなし」
「い、一ヶ月も……!?」
「そんなに嫌か?」
 ルロイはニヤリと笑った。
「これからずっと毎日、俺に抱かれまくるのが」
「ぇっ……そ、その……」
 耳の先まで真っ赤にしながら、シェリーは身体をよじらせた。
「あ、あの……わたし……あれっ……?」
 ルロイはくい、とシェリーのあごを指先でささえて、持ち上げた。
「ま、無理は言わねえよ。シェリーは人間だしな。いくらなんでも一ヶ月、朝から晩までつがうってのは無理だろうから、一日三回で我慢してやる。いや、四回……いや五回……」
「ええっ……!」
 シェリーは両手で顔を覆って、息をあえがせた。ぶるぶると首を横に振る。
「むっ……無理です……そんなに何回も……あんな、すごいことされたら……身体がもちませんっ……じゃなくて、あ、あの、また兵隊に追いかけられて、見つかったら……そ、その、ルロイさんや村の皆さんにホントご迷惑を……」
「心配すんなって、そんなこと」
 ルロイは陽気に笑った。
「俺だっていつまでもガキの頃みたいなヘマはしない」
「えっ……?」
 思わず、聞きとがめる。ルロイは肩をすくめた。
「いや、何でもない。こっちのこと。シェリーは何の心配もしなくていい。大丈夫だよ。言っただろ。発情期だから、シェリーを抱くんじゃない、って。まあ、確かに、発情期じゃない時はこんなに性欲ないけど……だからって、シェリーには、都合の良いときだけつがう相手だ、なんて思われたくない。一緒にいたいから傍にいるんだ。もしシェリーに何かあったら、俺が、絶対守ってやるから。こわくなんかないから。だから、怖がったりしないで俺を頼れ」
「ルロイさん……」
「そんなに頼りないか、俺って?」
「……」
 一瞬、ためらったあと。
 シェリーは、にっこり笑った。
「ううん」
 力いっぱい、ぷるぷるとかぶりを振る。
「ルロイさんが傍にいてくれたら……ホントに、嬉しいです」
「そう言ってくれると少しは安心だ」
 ルロイはシェリーの手を取って立ち上がった。
「そろそろ帰るか?」
「ぁ、あのう……」
「何だ」
「……もう一回、水浴びをしたいのですけれど……かまいませんか?」
「ああ、いいぜ」
 ルロイは、ふっ、と口元をゆるめ。
「抱いていってやるよ」
 笑いかけてくるなり、シェリーの身体をやすやすと両腕に抱き上げた。
「きゃっ……!」
「軽いな、シェリーは。子うさぎみたいに軽い」
 言いながら、ふいにぺろり、と舌なめずりをして笑う。
「もう一回、食っちまおうかな?」
「あっ、あんっ……ルロイさんったら!」
「ん? 逃げないところを見ると、さては、ヤってもいいってことか?」
「ぇ、えっ……!? 本気だったんですか……?」
「冗談だよ」
 ルロイはシェリーを抱いたまま、泉に踏み込んだ。
「洗ってやる」
「あんっ、いいです、それぐらい自分でできますから……っ」
 ぱちゃぱちゃ、と水飛沫が跳ねる。
 水面に映った青い月が、笑うかのようにゆらゆらと揺れた。
「いいから、洗ってやるって」
「大丈夫ですってば。いくらわたしでも、身体洗うぐらい、ひとりでできます……きゃっ!」
 つるつるした石に足を取られ、のけぞって倒れそうになる。
「おっと」
 ルロイが背後から受け止めた。
「大丈夫か、シェリー?」
「ご、ごめんなさい……つい、足が滑っちゃって……」
「まったく、やれやれだよ、シェリーは。もう……全然、目が離せないんだからな。仕方ない。こっち向いて」
「……はい?」
 言われるがまま、素直に信じたシェリーが振り向こうとすると。
 抜き打ちのキスが声をふさいだ。
「んっ……」
 ぱしゃん、と。
 足下で泉の水が揺れる。
「ルロイ……さ……」
 ゆらゆらと、何もかも見通すかのような、さざめきが続く。
「好きだ」
 はっ、と眼を押し開く。
 シェリーは、まじまじとルロイを見上げた。
 優しい眼。
 荒々しい狼を思わせる精悍な風貌の奥に。
 穏やかな微笑みが浮かんでいた。
 風が、吹きすぎてゆく。青い湖水のほとりに、月の影が満ちる。
「……どうして……?」
「バルバロが人間に恋しちゃ悪いか?」
 水音が跳ねる。波が揺れる。
「わたし……”人間”なのに……?」
 まっすぐ向かい合って、互いに、思いを込めて見つめ合う。二人の間を遮るものは何もなかった。そこにあるのは、心を映す透明な泉と、さざ波のように揺れ動くためらいだけ。
 水音が跳ねる。夜の虫が鳴く。静かな、この上もなく明瞭な月明かりに裸身を晒して、シェリーは立ちつくした。
 人間とバルバロ。抑圧する種族と、抑圧されてきた種族。差別し、傷つけ、憎み合ってきた忌まわしい過去を思えば、とうてい許してはもらえない、受け入れてはもらえない、と思っていた──
 声もなく、ただ、いつまでも見つめ合う。
 シェリーは声をふるわせた。
「でも……!」
「何も言うな」
 長いキスが、言葉を呑み込む。
「……ん……」
 二人の水影が重なる。
「ん……っ……ん?」
 満ち足りた吐息に、うろんな響きが混じる。
 もっと、触れたい。
 もっと近づきたい。
 そう思ってもっと身を寄せようとしているつもりなのに。
 なのに、なぜか、何度近づこうとしても、逆に押し戻される。
「……ん……?」
「……ん?」
 互いにいぶかしむ視線を、下腹部へと落とす。
 つっかい棒みたいなものが見えた。
「……」
「……」
「あ、あのう」
「う、うん……?」
「……近づけない……んですけど……?」
「う、うん……そうみたいだな……?」
「……その……どうしたらいいですか……?」
「う、うん、いや、おかしいな? さっき満月見たから、発情期も終わったはずなのに」
「えっ?」