" お月様
お月様にお願い! 

2 私、狼になります!

 洗濯物を干し終わり、戻ってくると、ルロイは家中を歩き回っていた。眼を輝かせてあちこちのぞき込んでいる。
「家の中がぴかぴかになってる!」
「お留守の間に、ちょっとお掃除しました」
「ちょっとどころか、何もかも新品みたいに光り輝いてる! すげえ、何、このきれいな家!? 俺の家か!? それに、椅子にかかってる、このカッコイイ布は何だ!?」
「村のみなさんから端切れをちょっとずついただいて作ったキルトです」
「すげー!」
「大げさです、ルロイさん」
 椅子に腰を下ろすなり、わくわくと子どものように輝く眼で、シェリーの行く先々を追いまわしている。
 シェリーはルロイの視線にどぎまぎしながら、エプロンをつけた。いそいそとお茶の準備を始める。
「お仕事、お疲れ様でした。いまお茶を入れますね?」
「うん、いや、こんなの全然疲れてるうちには入らないぞ。俺は幸せだ、シェリーみたいな可愛い子がうちにいてくれて」
「いいえ、とんでもない。わたし、お茶を淹れるぐらいしかお役に立てていませんもの」
「そんなことあるかよ! シェリーの特技はお茶だけじゃないぞ!」
「……たとえば?」
 シェリーは片手にポットを持って振り返った。微笑んで小首をかしげる。
「いやあ、まあ、そのう、何だ……? あっちの……というか、要するに、とにかく」
 ルロイは顔をくしゃくしゃにして赤らめた。勢いよく尻尾を振る。
「全然疲れてないぞ俺は。全然だ」
 今にも腰を浮かせようとしながら、妙に力を入れて主張している。
「ああ、やっぱりキスしたい。シェリー、キスしていい? キスだけじゃないこともするかもしれないけど」
「もう、ルロイさんったら」
 シェリーは口に手を添えてくすくす笑った。きびすを返して火の様子を確かめに戻る。
「元気いっぱいですね?」
「あっ」
 ルロイはきまりの悪い顔をして椅子にすとんと腰を落とした。
「そうだった……いけない。我慢だ。我慢」
 ことこととポットの蓋が揺れる。白い湯気が立ち上っていた。
 シェリーは可愛いキイチゴ模様のなべつかみでポットの手をつかみ、ぽこぽこと音をさせながら、お茶のポットに湯をそそいだ。ふわりと茶葉が広がる。香りがくゆり立ってゆく。
「お茶どうぞ、ルロイさん」
 シェリーはルロイの好きな甘いジャムを添え、カップに紅茶をいれて運んだ。ことん、と音をさせてテーブルにマグカップを置く。
「ちょっとまだ熱いですから、ゆっくり、ふうふうして飲んでくださいね」
「うん分かった全然疲れてないぞ、俺は!」
 やはりまるで聞いていない。どうやらわくわくしすぎて、心ここにあらず、といった状態らしい。
 ルロイはマグカップを持ち、言われたとおりに口を付ける前にふうふうした。
「あちち、おいしい! あちち、最高にうまいぞ、あちち」
「ルロイさんたら、狼さんなのに猫舌さんなのですか?」
「狼だって猫舌だよー! でもシェリーが入れてくれたお茶は最高にうまいー! 俺さ、自分で入れてたときずっと、いっつもクソ薄い変なしょんべん味になってたんだよね、なんでだろうね? なのにこれ、全然違うじゃん、おんなじ茶のはずなのに、おかしいなー美味いなー、あちちち、熱いけど、全然うまい!」
「そんなに言っていただけると」
 シェリーは過分すぎるぐらいに褒めそやされて恥ずかしくなった。頬を染めて、顔を伏せる。
「恥ずかしくなっちゃいます……」
「おいしいよおいしいよ、シェリーみたいに美味しい!」
「ルロイさんったら、もう」
 一挙手一投足を追いかけ回し続けてカップには気もそぞろ、視線をシェリーにばかり集中させていたものだから、マグカップを置こうと思った場所にテーブルはなく。
「あちっ!」
 マグカップは横倒しにひっくり返った。
「わっ!?」
「あら、まあ、たいへん」
 シェリーはおろおろと駆け回った。冷たい水で濡らしたタオルを持って戻る。
「大丈夫ですか、ルロイさん」
 傍らに屈み込み、濡れたルロイの膝を手早く拭き取る。
「火傷していませんか?」
「お、おう、全然大丈夫だ!」
「だったらいいのですけれど」
 こぼれた熱いお茶を拭き、しずくの落ちるテーブルをぬぐう。
「すぐにお着替えをお持ちしますね」
「え、いや、でもさっき」
「いいえ、早く着替えないと。以前、お城のお医者様に、熱いお湯かぶっちゃったまま、ほったらかしにしたら火傷の治りが悪くなったりすると聞いたことがあります。ですから、ほら、じっとしていないで脱いでください。全部ですよ。ぜんぶ。早く」
「い、いや、でも、その……」
「いいえ、いけません」
 なぜか躊躇しているルロイの言い訳をぴしゃんと遮る。
 シェリーは半ば無理矢理、ルロイの服を引っ剥がしにかかった。
「だから待ってってば……ちょっ……わあっ!?」
 しかし、ところどころたくし上げたところが、みっちりとした皺状に固まり、うまく脱がせられない。
「あら? ズボンがへんなところにひっかかって……?」
「い、いや、その、待って、ズボンはいいよ、だ、大丈夫だから」
「いいえ、だめです。早く脱がないと火傷が広がってしまいます」
 シェリーは声を怒らせて、もごもご口ごもるルロイを叱った。
「もし火傷していたら大変です。もっと冷たい水で冷やさなくては。そうだ、ちょっと待っていてください」
 シェリーは、半裸のルロイを部屋に置いて、外に駆けだした。井戸の水を桶に汲み入れると、重いのもかまわず引きずって部屋にまで持ってくる。
「これにタオルを浸して冷やせば……」
「い、い、いいよ、ホント大丈夫だって!」
「ルロイさん!」
 シェリーはきっと眉を吊り上げた。いつに増して言い訳の多いルロイを、ぷう、と頬を膨らませて睨み付ける。
「傷跡が残ったら大変ではないですか。ただちに脱いでくださらないと困ります」
「でも、あの、いや、その、脱いだらスゴイっていうか何というかつまりええと……お見せできる状態じゃなくなってるというかトンデモない粗相中っていうか」
「もう!」
 業を煮やしたシェリーは、無理矢理ルロイのズボンを引き下げた。
「我が儘言ってはいけませんっ」
「あうっ!」
「ほら、ここ。赤くなっています」
 いきなり全部下ろされて脱がされる。ルロイは呆然と立ちつくした。喉から目玉が飛び出しそうな顔をしている。
 シェリーは、ルロイの表情に気づかず、股間の前でうずくまった。
 火傷のせいで赤く熱を持った部分に手を添え、まじまじと見入る。
「大変。冷やしておきますね」
 洗い桶にタオルを浸し、きゅっとかるくしぼってから、手早く折りたたんで大腿部を押さえる。
「ひゃあっ!?」
 ルロイは珍妙な声を上げて背筋を反り返らせた。そのたびに棒立ちになったルロイ自身もびくん、と身を反り返らせる。
「はう、うっ!?」
「火傷は、早く冷やせばそれだけ傷も残りませんし、痛みも和らぐんですよ。これぐらいなら、たぶん、大丈夫だと思いますけど。あ、手、邪魔です。除けてください」
 露出しっぱなし、暴発しっぱなしの股間を何とかして押さえようとあたふたするルロイの手を、むげにひょいと振り払う。
「ひょぇっ?」
「痛みますか?」
 何度もタオルを濡らし直して、患部をひんやりと冷やす。
「……い、いや、全然……あう……そんなことより……うう……羞恥プレイ……恥ずかしい……」
「ホントに大丈夫ですか? 少しでも痛みが和らげばいいのですけれど」
「あ、いや、そうじゃなくてさ……か、顔、近いよ……息がかかりそう……」
「はい? 何がですか?」
 シェリーは、少しでもルロイの火傷を冷やそうと、濡れたタオル越しに、ふうふうと息を吹きかける。
「うっ……!」
 びく、とルロイが腰をゆるがせる。
「あ、あっ……!?」
「あ、ごめんなさい。痛かったですか」
 ルロイは、顔を真っ赤にして弁明した。
「そ、そうじゃなくって! せっかく我慢してるのに、あの、また、発情……しそうなんだけど」
「え?」
 怪訝に思って顔を上げたシェリーの目の前に。
 ルロイの下半身が見えている。すでに、雄の猛々しさにぎらぎらと張りつめて、膨れあがった状態だった。
「ぁ……あの……ええと、これは、どういうこと……ですか……?」
「シェリーがいきなり脱がすからだよ!」
 ルロイは手で前を押さえた。真っ赤な顔をそらしながら弁明する。
「え……わたしのせいですか?」
「い、いや、シェリーのせいじゃないけど」
 口早に言い訳しようとしてどもりながら、ルロイはかぶりを振った。冷や汗がわずかににじむ。
「どうしましょ……」
「こっちが聞きたいよ! どうせ火傷してるからズボン穿いちゃ駄目とか言うんだろ?」
「はい」
「だったら、どうしようもねーじゃん……」
 ルロイは肩を落とした。顔は見るからにしょげかえっているのに、下半身ときたら手だけではとうてい隠しきれないほどに元気いっぱいだ。
「ということは、何とかして元に戻せばいいんですね?」
 シェリーは唇を引き結んだ。決意を込めた表情でルロイを見上げる。そそり立つ股間の狭間から、いたたまれない表情をしたルロイが望めた。
「う、うん……」
 視線に気づいたのか、ルロイは身体をもぞもぞと揺り動かす。何やら居心地が悪そうだ。気弱に眉を引き寄せ、情けない顔で何度もうなずく。
「わかりました」
 シェリーはルロイを元気づけようとしてにっこりと笑いかけた。
 発情していないときのルロイは、人当たりも良くて優しくて、そのかわり、ちょっぴり気弱だ。シェリーが傷つくような意地悪な言い方は決してしないし、あれをしろこれをしろとふんぞり返るようなこともないし、無体も言わない。夜のルロイとは――大違いだ。だから、自分が、がんばらなければ。
 シェリーはしばし考え込んだ。
「元に戻す、戻す、と……こうですか?」
 出し抜けに手を伸ばしてルロイの”棒”を掴む。
「ふひっ!?」
「こんな感じですよね?」
 ぱたん、と、レバーを倒す要領で、しっかりと握りしめた”棒”を下向きに傾ける。
「はうう!?」