うっとりと手を結び合わせる。
(ふふふふ……覚悟はいいですね、ルロイさん……?)
まさしく、とっておきの”秘策”。
今となってはすべてが思惑通りにすすんでいたように思えた。恋は駆け引き、愛は戦争。肉を切らせて骨を断つ。終わりよければすべて良し、だ。
ここからは高度な心理情報戦が物を言う。以前読んだ本によると、人は、好意を抱いている相手に対して、無意識に同じ行動を取ってしまうらしい。
ということは──
シェリーはルロイをひたむきに見つめた。気恥ずかしげにはにかんでみせる。
(さあ、パーティの始まりです……!)
ルロイはシェリーの視線に気付いた。かすかに照れた微笑みを返す。
(ええと、ジュースのコップは、と……)
じっと見つめ合ったまま、手だけをこそこそとさせて、テーブル上のカップを探る。
何気なさを装って伸ばした手が、何もないからっぽの空間を掴んだ。
(あれっ、ない……?)
どきんとした。ちょっとあわてる。
(どこでしょうか……?)
だが、じろじろとカップの位置を確かめてしまっては、さりげなさが欠けてしまう。
ルロイに気付かれないうちに手に取らなければ。なのに、なかなかカップが探し当てられない。気ばかりが焦ってくる。
(ここであわてていることがばれたらすべてが水の泡。冷静に、そしてすばやく、正確に、堂々と……ん?)
指先がこつん、とカップらしき何かに触れた。
あわてていたせいもあって、よくよく中身を確かめもせずに、指先の感触だけでだいたいの形をさぐる。
間違いない、ジュースのカップだ。
(そうそう、これです、わたしのコップ!)
シェリーはほっとしてカップを手に取った。ルロイがつられてジュースに手を伸ばす。
(そう、そんな感じで、一気に……!)
横目で必死にちらちらと状況を確認しつつ、あくまでも表向きは平静を装う。
緊張しながら、勝利の美酒となるであろうカップを、優雅な仕草で口へと運ぶ。期待に息がうわずった。胸がどきどきして、喉の奥が熱くなる。シェリーは思わずごくり、と息を飲み込んだ。
果たしてうまくいくのか……?
ルロイは、既にコップを手にしている。
一緒に、飲み干してくれるだろうか……?
こっそりと様子をうかがう。
出し抜けに眼が合った。
シェリーはあわてて眼を伏せた。こっちを見ているなんて。まさか、気付かれたのだろうか……!?
緊張がますます高まる。思いがぐるぐるとこじれて、息苦しい。頬が真っ赤に火照る。
こらえきれず、ぎゅっと眼を閉じる。
(……ううん、ここで怪しまれてはいけませんっ! あくまでもさりげなく、優雅に、しかし確実に狙いを定め……)
内心、極度に緊張しながらも平然と微笑み、そして──
「君のハートに乾杯!」
高々と宣言してカップを差し上げる。
「へ? 何にカンパイだって?」
ルロイは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。眼をぱちくりさせる。
(わたしったら何をいきなりとっちらかったことを口走ってーーーーー!)
シェリーは顔をくしゃくしゃにさせてあわてふためいた。泡を食ってじたばたする。
(あわわわ……いきなりの乾杯宣言はまずいです、あ、あ、明らかにあやしまれてますっ……何とか挽回しなければっ!)
冷や汗たらたら。もごもご口ごもって、弁解する。
「そ、そ、それはもちろん、わたしとルロイさんの……うふふふふ……あはははは……らぶらぶな毎日にカンパイです!」
恥ずかしさのあまり、顔から火が噴き出そうだ。
「う、うん?」
「ささ、ルロイさんもらぶらぶをどうぞ! かんぱーい!」
かくなる上は、もやもやした困惑が形になる前に、乾杯にかこつけて何が何でもジュースを飲ませてしまうしかない!
一気にあおった。ごくん、と飲み干す。
かあっと喉の奥が焼けるように熱くなる。まるで、おなかの中に勇気の炎が流れ込んできたみたいだった。
急に大胆な気持ちになってくる。
(さあ、飲むのです! はやく飲み干しておしまいなさい……お酒たっぷり入りのジュースを!)
ルロイはいぶかしげに首をひねった。
「……何で笑ってるんだ?」
カップに口を付ける寸前に尋ねる。
「うふふふ……別に? 何でもありませんよ?」
シェリーはやたら嬉しくなって、くすくすと笑った。ルロイに甘い視線を投げかける。
「ささ、飲んでください。甘くておいしいジュースですよ……?」
いそいそと勧める。自分でもびっくりするほど、とんとん拍子に事がすすんでいる気がした。世界が自分中心に回っているみたいだ。
あんまり嬉しすぎてつい、まるで魔法使いのおばあさんみたいに笑ってしまう。
(イーッヒッヒッヒィィィィ……? ルロイさんや……おいしいリンゴはいらんかえ……? 甘くておいしいリンゴジュースだよ……?)
錆び付いた笑い声が脳内に響き渡る。何も知らない純朴な王子さまがリンゴをかじると、その手から深紅に色づく毒々しいリンゴが、ぽとりと落ちて──
(かわいそうな王子さまは、チョコレートファウンテンの馬にまたがった王女さまがやってきて、チョコまみれなキスをするまで目覚めないのです……うふふふふ……うふふふ……ふぇーふぇっふぇっふぇっ……!?)
すべてがぐーるぐーるとメリーゴーランドのように回り始めたような気さえした。何だか目まで回っている。家の外は白銀の廻廊。これぞまさしく恋する乙女の最終決戦の名を冠するにふさわしい、冬のバレンタイン電撃作戦、秘策中の秘策、”
「あれっ……?」
ルロイが素っ頓狂な声を上げた。怪訝な表情になる。
反応有り──!
「何ですか? ルロイさん、どうかしたのですか?」
シェリーは高まる期待に目を輝かせて、ルロイが酔っぱらうのを待ち受けた。わくわくと両手を子どものように握りしめる。
だがルロイは困惑の面持ちを浮かべたままだ。
「いや、シェリー、あのさ、それ……」
「ん? 何ですか?」
どぎまぎとして聞き返す。
「いや、その、思うんだけど」
ルロイは気まずい顔をして口ごもった。目をそらす。
シェリーはどきりとした。様子をうかがう。
何だか様子がおかしい。いや、逆におかしくない、というべきか。まったく酔った様子もなく、完全にしらふのままだ。まさか、全然効いてない……とか?
いや、そんなはずはない。シェリーは内心、強く否定した。あんなにお酒を入れたのに酔っぱらいもしていないだなんて、そんなことあるわけが……。
でも、何だか嫌な予感がする……おそるおそる、視線を戻す。
ルロイはカップをゆっくりとテーブルに置くところだった。赤い花模様が見えた。
ことん、と硬質な音がする。
ルロイは口を開いた。申し訳なさそうな顔で、おずおずとシェリーの持っているカップを指差す。
「その青い方、俺のコップ……なんだけど?」