お月様にお願い! 番外編 恋の赤ずきんちゃん

月の民の王ロード・ネメド

「条件……?」
 思いっきり嫌な予感がした。妙になまぬるい視線がねっとりとからみついてくる。背中がじりじりと熱い。冬の夜明けにそんな熱気などあるはずもないのに。足元の影が長く濃くはっきりとした形になってゆくにつれ、無性に背中を押されているような気がした。
(早く家に帰らねえと、シェリーが……)
 ごくりと唾を飲む。
 バインボインデーを盛大に祝ってやらなければならないというのに、それが何かも分からないまま家に戻ることはできない。
 もし、そんな大切な日をすっぽかしたと思われたら──

(せっかくのばいんぼいんデーなのにどうして……? 一緒にお祝いしてくれるって言ったじゃないですか……)
(シェリー、ご、ごめん、あのさ、こ、これにはわけがあって……っ)
(うそつき! ルロイさんのばかぁぁぁぁぁっっっっ!! もう、だいっきらい!!! 今日限りで実家に帰らせていただきます!! 今までありがとうございました!)
(あ、ちょ、ちょっと待っ……! 行かないで! 戻ってきて! シェリーーー! かむばーーーーーっく!!!)
(さよなら!!!)

 てなことになって、非常にヤバイ!

「うーん、そうねえ……どうしようかしら」
 アルマは白々しく爪を噛む振りをした。うふんうふん、媚態を振りまきながら意味深な目線を周囲へ走らせる。
「あいつもシルヴィと出かけてるし。別に、ちょっとぐらい、いいわよね」
「いいから早く言えって!」
 焦っていることを見透かされないよう、つとめて平然を装って言う。
「あら、まあ、せっかちね」
 アルマはどこ吹く風で笑った。ルロイの焦燥など全部お見通しだ、という顔だ。下半身へ媚びた視線を向ける。
「もしかして、夜の方もそうなのかしら……ね?」
 熱っぽくうるんだ眼が、なめずるように細くなる。ルロイはあわてて何でもない表情を作った。
「なっ……何だって? ど、ど、どういうことだ?」
「ふふっ」
 思わせぶりにアルマは息をついた。指輪を嵌めた左手をちらり、ちらり、見せつけるように泳がせて、半開きにした唇で指の爪を噛む。
「あたしを最高に気持ちよくさせてくれたら、考えてあげてもよくってよ」
 過剰なまでの媚態をみせて、あからさまな上目遣いで誘う。
「ちょっ……!」
「お、おい、まさか……アルマ、嘘だろ……?」
 声を呑むルロイの背後で、グリーズリーが声が裏返らせた。

「逃げても無駄だ」
 シェリーを追っていたバルバロの男は、雪の向こうに見える赤い色に向かって声をかけた。
 雪を踏んで近づく。
「それで隠れたつもりか? 丸見えだぞ」
 真っ赤なずきんが、ぶるぶる震えるように風にあおられ、揺れている。
 六花の舞う冬景色の中、不自然なほど鮮明に色が浮かび上がって見えた。どうやら人間の娘は、茂みの陰に隠れてやり過ごすつもりだったらしい。
「馬鹿め!」
 バルバロの男は嘲笑を含んだ笑い声を突き立てざま、雪の積もった茂みの向こう側に手を突っ込んだ。赤いずきんを鷲掴んでむしり取る。白い雪が蜘蛛の子のように飛び散った。
「……」
 手応えがない。薄笑っていた口元から表情が消えた。分厚いブーツの足で、雪をかぶった茂みを踏み散らし、分け入る。
 手の中で、赤ずきんだけがひらひらと揺れている。
「何だ、これは」
 赤ずきんをかぶって震えていたのは、想像していたような、おどおどした金髪の少女ではなかった。
 残されていたのは──切り株に雪を積み上げ、骨を突き刺して赤ずきんをかぶせ、ちょうど人間がうずくまるぐらいの高さに急ごしらえした、身代わりの”雪だるま”だった。少女の姿は影も形もない。
「こしゃくな真似を」
 まんまと一杯食わされたと気付いて、ルロイとうり二つの男は声を上げて笑った。雪だるまに突き刺さった骨を抜き取り、ためつすがめつ、手応えを確かめる。
「ちょっと、アドルファー」
 シルヴィが駆け寄ってきた。
「あんた、さっきから何やってんの。しつこく言うからわざわざつれてきてあげたのに。あれ、何、その赤ずきん? シェリーの?」
「”あの娘”、シェリーというのか」
 男は傲然と肩をそびやかせた。何の気なしに腕の力を込める。手にした骨が真っ二つにへし折られた。骨片が散る。
 シルヴィはぎくりとして身を退いた。
「ああ、びっくりした。骨か。何してんの、ホントに、あんた」
 赤いリボンがちぎれて裂け、ほつれた糸になって枝に引っかかる。
「そこの牝」
 男は低い声で命令する。
「お前に仕事を与えてやる」
 シルヴィはむっとした顔で腰に手をあてた。
「何その言いぐさ。あんた、自分を何様だと思ってんの?」
「黙ってろ。メスはオスの命令通りにしていればいい」
 黒く尖った爪の生えた手でシルヴィの顎を掴む。
「何する気?」
 ルロイとそっくりな欲望の瞳がシルヴィを捉える。妖艶な光だった。尻の肉を鷲掴んで、ぐいと乱暴に引きずり寄せる。
 シルヴィは抗えず、鼻にかかった声を上げた。
「やめてよ、こんなところをあいつに見られたら……ぁ……っ」
「いないと分かっているくせに、白々しい」
 焼き尽くすような獰猛な声が、シルヴィの耳元に近づく。
「今夜は満月だ。牝犬め。そんなに男が欲しいか」
 手が乱暴に下着の奥へと潜り込む。みるみるはだけられてゆく身体に、シルヴィは喘いだ。
「だからって……こんな扱いは嫌……」
 首筋に牙を突き立てられ、シルヴィは全身を振るわせた。
「痛い、やだ……爪を立てないで」
「身体はそうは思っていないようだが」
「……馬鹿にしないで」
 シルヴィは、怒りに頬を紅潮させた。身をよじって平手打ちしようとする。
 男は飛んできた平手をやすやすと払い落とした。手首を掴み、残酷にねじり上げる。
「へし折られたくなかったら逆らわないことだ」
「んっ……!」
 背後から片腕で首締めにされ、シルヴィは苦痛に喘いだ。強引にずりさげられ食い込んだ下着から、むっちりと女らしい身体が剥き出しになった。
 指が下の毛をまさぐった。襞に割り入る。
 ぬちゅ、くちゅ、濡れた音が響く。欲望をあらわにされ、シルヴィは肌を羞恥に赤く染めた。
 痙攣したように尻尾がくねる。
「ぁ、ぅぅん、そこ……気持ちいい……」
「浅ましい声を出すな」
 指が出入りする。ねぶるように、辱めるように、肉襞を指で押し広げて。くちゅくちゅと音をさせて、弄ぶ。シルヴィは喉をそらし、服従の姿勢を取った。
「ああ、指だけじゃ嫌……全部挿れて……発情させて……」
 むせぶような甘い鼻声でねだる。
「そんなに俺が欲しいか?」
「これ以上焦らさないでったら、ばか……!」
 シルヴィは目を赤くうるませて喘いだ。手を背後にまさぐらせて、男の腰を引き寄せようとする。
「早くしてよ、ねえ、昨日みたいに激しく」
「うるさい牝だ。後にしろ」
 バルバロはシルヴィを押しやった。獰猛に笑う。
「何よ牝、牝って! せっかくこっちから良い気持ちになってやってんのに! あんた、あたしとつがいたくないの!?」
 シルヴィはかんしゃくを起こした。怒りに目元まで真っ赤にして唸る。男は肩をすくめた。
「いちいち怒るな。抱いた牝の数すら思い出せないというのに、名前まで覚えていられるか」
「残念ね。これからは指一本で足りるようになるわ。いい加減覚えなさいよ、このろくでなし!」
「次からな。マリアンヌ」
 ふざけた仕草でウィンクする。シルヴィはきっとバルバロを睨んだ。
「クズ野郎!」
「光栄だ」
 バルバロはかすかに笑った。
「お前にしかできない仕事をやろう。褒美はその後だ」
「褒美……?」
 シルヴィは期待を押し隠した上目遣いでバルバロを見やった。ちろりと唇を舐める。
「何をしてくれるの……?」
 男は背後から手を回してシルヴィを引き寄せた。身をかがめる。偽りの微笑を優しく浮かべ、耳元に唇を寄せる。
「お前の望むことをすべて」
 愛撫がわりに、首筋を甘噛みする。
「いっそ狂いたくなるぐらいにな」
 シルヴィは欲情をそそる手つきに震い上がった。ためいきをもらし、陶酔に身をゆだねる。
「……ばか」
 バルバロはひそかに笑った。シルヴィを押しやる。
「だが今は”あの娘”に用がある」
「またそれ? あんたたち二人とも頭がどうかしてるとしか思えないわ。お互い、中身が全然違うくせに、言ってることは同じだなんて」
 シルヴィは捨て鉢な仕草で襟元を掻き合わせた。眉間に皺を寄せる。
「わけ分かんない。いったい、シェリーが何だって言うの? そりゃあちょっとは可愛いかもしれないけど、結局はただの人間じゃない。あの子のどこにそんな、固執するような秘密があるっていうの? あんたたちにとって、”あの子”はいったい、何?」
「お前の知ったことか」
「……もし、余計な手出ししたってルロイが知ったら……さすがにただじゃ済まないわよ。あたしだって」
「望むところだ」
 不穏な風が森を揺らす。シルヴィは血の気の失せた顔をそむけた。黙り込む。バルバロはそれきり、興味なさそうにシルヴィから目をそらした。気配を探る眼を森へと向ける。
「まだ遠くへは行っていまい」
 肉食獣の笑みがよぎった。
「……逃がしはしない」